<   2006年 11月 ( 19 )   > この月の画像一覧
解脱
私を狂わせたひと言の続き。

昨夜は悲しくて眠れずメッセに繋いでオンライン状態だった人に「愚痴聞いて」と話しかけて
深夜遅くまでずっと会話を交わしながら話を聞いてもらって、何が私を責めているのかわかった。
私を責めていたのは彼女の「50kgはデブ」という言葉じゃない、私自身であったということ。
「あなたはデンパ左翼に批判されることがあるだろう、それでショックを受けるか?」「受けない」
つまり私がショックを受けてその言葉に拘泥してしまったのは…要するにそういうことか、と。

彼女の「50kgはデブ」発言を私自身が受け入れ納得してしまったから私はショックを受けたし、
その言葉から逃れられず、「50kg程度じゃまだデブ!」と自分を追い詰めてしまっていたのだ。
私は「時間がかかっても必ず痩せる」という固い意思を持って正しい減量を行い目標を達成した。
今の私のプロポーションは、私が思い描いていた理想のプロポーションに限りなく近い。
正しいダイエットを行いリバウンドの心配もほぼない、完璧な、非の打ち所のない減量達成だ。
適正体重など個人差がある数字に振り回されることは愚かだということも当然理解している。
私を咎めていたのは「50kgはデブ」という私自身が認めてしまった他愛ないひと言だったのだ。
彼女の発した言葉としてではなく、その言葉に納得した私自身が、無用に私を追い詰めていた。
本当は、今の私を咎める具体的な理由なんて何もないことなど頭では理解していたのに…。

私自身が根拠のない言葉に拘泥し、私を責めていたことに気付いたら心がフッと軽くなった。
それと同時に、自分を責めないこと、赦すことが一番難しい…と思った。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-30 17:35 | ヘルシー&ビューティー
私を狂わせたひと言
私は減量を決意した時、あまりにも肉がつきすぎてみっともない、不健康だからという理由で
「健康に美しく痩せよう」という固い決意のもとに、ゆっくりと、だが確実に贅肉を落として行った。
贅肉と共に内臓脂肪を落とし、固くこびりついたセルライトを落とし、見違えてスリムになった。
そこで目的は達成できたはずなのに、50kgを切った頃、明らかに私は当初の目的を見失った。
ただ肉が憎い(洒落じゃないぞ)、この肉さえ消し去れば47kgなんかすぐに行けるわ!フフン!
別にダイエットが高じて痩せること自体が快楽となったダイエットマニアになったわけではない。
50kgという、普通はたいして意味もない数字が、眠っていた忌まわしい記憶を呼び覚まし、
もっと痩せなければ、50kg程度じゃお前はまだデブ!と自分自身を責めるようになったのだ。

「私、あの頃は本当にデブだったよね、だって体重が50kgもあったんだもの」

過去の笑い話として無邪気に友人が吐いた言葉は私を打ちのめすのに十分な威力があった。
縦より横の成長が激しいことに悩んでいた私が成人して、自然と痩せて9号の服を着ていた頃、
自分ではスマートな大人の女になったと内心思っていたのに、当時の私の体重は53kgだった。
「50kg以上はデブ、デブ…」という当時の衝撃が蘇り、もっと痩せなければ、と私を追い詰める。
あの彼女の呪いの言葉が、「もっと痩せなければまだまだ私はデブなの!」と私を突き動かす。



なぜ思い出してしまったんだろう。
既製服はとうに合わなくなってしまっている。
なのにまだ私は痩せたい、痩せたくてたまらない。
骨と皮になっても47kgくらいになりたい。
薄く膨らみのある腹部の肉を削ぎ落としたい。
恨みたくはないが、恨んでしまう。
なぜそんな無神経な科白を吐いたのだと。
未だに下半身太りに悩む彼女が少し小気味いい。
華奢な骨格で、目方で得をした分悩むがいい。
典型的な日本人体形を恨むがいい。

こんな風に、大事な友人を蔑む私の心根が醜く悲しい。
心根を醜くするために痩せたわけじゃないのに…。



なぜ今日こんなに悲しくなってしまったのかというと、可愛いバルーンスカートを試着したら
腰骨まで落としてはかなければとても着用できないほど私の腹部が貧相になっていたから。
腰で落としてはくと言っても常識の範疇を超えて落とさねばならんほど私は痩せてしまったの?
結構小さめの規格のブランドだよ…? そんなに痩せちゃって私どーすんの?何がしたいの?
しみじみと悲しくなって、他愛ない、しかし確実に私をただの数字に拘泥させる言葉を憎んだ。
自分の過去の笑い話だからといって、他の人にはどう聞こえるか考えて欲しかったよ…。
誰もが貴女みたいに肩幅が狭くて極端な撫で肩で貧相な胴体の持ち主じゃないんだ。
貴女だって私の発達した骨格は西欧人みたいで格好いいといつも誉めてくれていたじゃないか。
どうして骨格が発達した立派な胴体の持ち主は目方も多めということに気付かなかったのか。
「60kgもあった」なら笑い話で済むが、50kgじゃトラウマになっても不思議じゃない数字。

当の彼女は「痩せてナイスバディになった!素敵!」と誉めてくれて、こんなこと知らない。
知らせる必要はないし、知らなくていいことだし、しかし私は悲しいと呟くくらい許して欲しい。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-30 00:34 | ヘルシー&ビューティー
今さらなんだが
やっぱりコメント欄ってあったほうがいい(親しみやすい)のだろうか。
ミクシィでは全体に公開で普通にコメントの遣り取りしているが、それは規模の問題。
今どきミクシィでは何を書いても大丈夫だと思って本名登録して炎上する奴はバカだと思うが
しょせんコミュニティ、ムラ社会、普通に活動していればそんなにコメントラッシュなんてないし。
モチベーションが上がらなくてコメントのレス2ヵ月くらい放置していても許されちゃうし。
(もしかして許していない人も中にはいるかもしれないが)
別にブログという体裁やコメント欄自体にたいした意味があるわけじゃないと思う。
掲示板と変わらない、掲示板よりも気軽に書ける、常連同士の連帯感が生まれやすいくらい?
しかし常連さん同士の生温い連帯感に満ち溢れたコメント欄がキモイと思うのは私だけ?
本人たちにしてみれば「馴れ合いじゃない、意見交換だ」っつっても傍から見りゃ馴れ合いだし。
正直ウェブの世界であんまり「お友達」を増やしたくないんだよね、メンドクセーから。
現実社会の人間関係だってメンドクセーのに、ウェブでまでメンドクセー関係を作りたくない。
レスがメンドクセーならコメント欄(レス)なんて放置でいいじゃん、という人もいるが、
せっかく書き込みしてくださった方に対してノーリアクションでは申し訳ないですし…。
ミクシィではどうせマイミクさんしか書き込まないから多少の放置は「ごめんよ~」で済むけれど
ふと目を留めてくださった赤の他人さんが書き込みしてくださるのに放置とは如何なものか。
結局自分のペースを崩されたくない(行動を制限されたくない)からコメ欄を閉じているんだが、
この人はすごく面白い!と思うブロガーさんがコメ欄なしのブログを批判されていると
やっぱり悪印象を与えるものなんだろうか、と心揺れてしまう。
嫌いな奴に頓珍漢な批判されても痛くも痒くもないが、一目置いている人のひと言は刺さるなぁ。
ポイズンの意味がわかんないけれど(いや直訳はわかるけれど)いい意味じゃないよね。
妙に律儀で生真面目な人間はブログなんかやめたほうがいい、という結論?
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-29 00:29 | 放浪インターネット
親不知を抜かれました
ついに3本目の抜歯…もう2本も3本も変わらん気がする。
左側ばかり抜かれるのはどうしてでしょうね?
しかし先生よぉ、「今日抜いてっちゃいます?」なんて軽く聞くから
どうせ抜くなら早く抜いちまったほうがいいなと思って「お願いします」と言ったが…。
めちゃくちゃいてぇじゃん!! 先の2本の比じゃないよ!
診療台の上で、痛さのあまり涙をハラハラと流してしまいました。
やっと地獄の抜歯が済んだあと、抜いた歯を先生が見せてくださって
「ほら、こんな歯、残していてもしょうがないでしょ?」と仰ったが…。
それよりそんなに激痛を伴うなら前もって言っておいて欲しかった…。
「抜歯したところ、歯ブラシ当てないでくださいね」なんて言われなくても当てないよ!
右側は金属の土台が歯茎から生えているような状態だしなー。
その土台に被せ物をして、上の被せ物を仮付けじゃなくて本付けにして…
それでやっと右側では物を噛めるようになりますね。
それまで固形物抜きの虫歯治療ダイエットが続くんでしょうか。
放置していた私が悪いがずいぶん突貫工事の印象を受ける治療だ。

帰宅して酒飲んだら止まっていた血がまたタラタラ口の中にしみて来ました。
良い子は真似しないように(するバカはお前だけだとツッコミが…)。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-27 21:09 | ヘルシー&ビューティー
いじめについてあれこれ語る人々
「死ぬ気でかかれ!」と「ぶっ殺せ!」は全然違う意味だ。
前者は意気込みの問題であり、後者は字面どおり犯罪教唆である。
「いじめっ子を殺しても少年法が守ってくれる!」と言うオヤジはなんか変だぞ。
いじめっ子を少年法が守っているんじゃねぇの?現状。
だって普通自殺まで人を追い詰めたら多少なりとも社会的制裁は受けるはず。
いじめっ子が社会的制裁を免れているのは、少年法の存在が大きいと思うが。
教師を盾にして、子供という立場を最大限利用して保身を図る性根の腐った奴ら。
そんな奴らを少年法で守ってやる必要はないと思うがな。
いじめについて語る資格はないと言ったが、どうも「戦え」とかその手合いの言葉を
「じゃあ相手を半殺しにしてもいいんだな?」と捻くれて解釈する奴が多すぎないか?
あのな、いじめっ子をぶん殴るときの極意はインパクトなんだよ。
無抵抗だと思っていた相手から思わぬ反撃を食らうという点で。
その際は思い切ってぶん殴らなきゃダメだし、手加減は無用。
もし前歯が欠けたり頬骨にひびが入ったり鼻の骨が折れたりしても「事故」だ。
教師に事情を聞かれたら、切々といじめによって鬱積した精神的苦痛を訴えて、
ついでに隠蔽したらマスコミにタレこむとでも言えばいい。
大事なことはビビらないこと、冷静でいることだ。
人を殴るっつーのは怖いことなので殴ったあとしばらく身体が震えるだろうが
倒れ伏しているいじめっ子を見下ろし余裕の笑みを浮かべるくらいの演技をしろ。
それくらいの度胸がなけりゃ逆に報復されるからやめとけと言っておくが。
ま、要するに「死ぬ気でかかれ」とか「戦え」っつーのはそういう意味。
何も正当防衛の範疇を逸脱して相手を半殺しにしろという意味ではない。
なんで石原閣下や上田知事が叩かれるのか私にゃさっぱりワカラン。
要は「いじめに立ち向かえ」と言う人間を叩きたいだけなんだよな、曲解野郎は。
いじめられっ子はそんなことができる精神状態じゃないとかいろいろ言ってさぁ。
自分が出来なかったから「簡単に言うな!」って私憤じゃねぇの?
それを「時代が違う」とか言い換えてさ、チキンだって言われたのが悔しいのよね。
私は石原都知事や上田県知事の発言は「その通りだGJ!」と思うが
「いじめっ子を殺してもいい」という評論家のオッサンの発言は頂けないな。
今時のガキは加減を知らないからマジで殺るバカがいてもおかしくない。
いじめの報復くらいで人生棒に振るか?百歩譲って少年法が守ってくれたとしても
もうその地域には住んでいられないだろうし、人の口に戸は立てられんと言うよなぁ。
親族共々巻き込んで報復するほど人生において価値ある行為か?ソレ。
いじめ議論を見ていると冷静じゃない奴が多いなーと思う。
思春期におけるいじめはトラウマを残す、ということなんだろうか。
私は渾身の右ストレート一発で男子生徒を黙らせたのでそんなのないが。
人を殴る怖さを身をもって知ったことはよかったと思っている。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-27 00:49 | 今日のニュース・雑考
差別というもの
フェミニズムと男解、ルサンチマンは行き詰る宿命?の続きです。
論客神名さんの解説を“自分の言葉”で話せるかどうか、これはかなり難題である…。

頭の出来が芳しくない私が必死に構図を単純化してみようと頑張った。

性差による差異や区別を「性差別」と捉えてしまう人たち、男解やフェミの人たち。
その人たちはその「性差別」を撲滅する運動(男女同質論や性の均等化)に行くわけだが、
そのためには「性差別」が世の中に蔓延していなければ、運動推進の前提が成り立たない。
だからどんな些細な性差による差異も区別も「性差別だ!」と騒ぎ立てることになる。
例えば「奥さん」「家内」という呼称、夫婦同姓、映画館やレストランのレディースデイ。
“進歩的知識人”を自称する彼らにとって、大概矛先は旧来の慣習や伝統に向かうことが多い。
だから「家長制度」や「男が女や家庭を守って当然という意識はオカシイ」という批判が出る。
「差別された男」と「差別された女」が、性差をもとに互いに相手を責める風潮を広めたい。
ここに彼らの「男女対抗図式」が生まれる、というか生きてくる。
性差があるからいけないのだ!という人たちが、実はその思想啓蒙のために性差を必要とする。
違う性の生き物を仮想敵として、その敵が自分にもたらす不利益を責めるためである。
まるでマッチポンプみたいだが、これが男解とフェミの共通項じゃないかと思うのだ。

ここに「被害者であるほうが強い」という世間一般的なパワーバランスも働くので、
自分のほうがより理不尽な被害を被っていることが、彼らにとっては大切なアピールである。
「性差によって理不尽な被害を受けてきた」と今までは女性ばかりが声高に主張してきたので、
それに反発心を抱いた男性が「男の苦労も知らないで女は…」と男解に走るのだろうか?
どちらにせよ、自分の“損”をすべて性差、いや「性差別」のせいにする輩はアホーだと思うが。
この考え方には異論反論あるだろうが、男には男の世界があるし、女には女の世界がある。
違う世界が交わることで、新たな発見やときめき、敬意や愛情も生まれるというのに。
男の世界に馴染めない、女の世界に馴染めない、という個人的感情を蔑ろにする気はないが
それを一般論として性差否定、そのための男女対抗図式を作り上げないでほしい。

で、神名さんが同和問題にも言及してくださったが、
同和問題も男解やフェミが作り上げる構図と同じ構図だと考えれば腑に落ちる。
この平成の世で、依然として部落差別がなくては彼らの運動自体が成り立たないのだ。
だから「部落出身者はこんなに差別されている」と教育の現場にまで入り込み刷り込ませる。
(幸いにして東北の血を引き東京で生まれ育った私はあまりその手の教育を受けなかった)
刷り込まれた子供は「部落出身者は被差別者である」と認識して成長する。
建前では平等と解放を求めながら、彼らは「部落差別」を生き長らえさせるのだ。

在日朝鮮人問題も似たような構図で説明できそうな感じだ。


すべての差別が単純化できるとは思わないし、差別の根っこ自体は深いものだろう。
しかし、被差別を謳うことによって何某かの“得”を得ようとする行為は、人間として醜い。
虐められていた、不遇な家庭環境だった、そんな自分の不幸も自慢の種にするべきではない。
「アナタにはこんな経験がないから所詮わからない」って、何ガラスのハート気取ってんだ!
誰もが何かしら理不尽な“損”を被りながら、自分が置かれた環境で精一杯生きている。
「自分はこんなに損をしている!」と騒ぎ立てる人間が冷ややかな目で見られるのは当然だ。
損をなくす方策を考えるならともかく、損がなくては行き詰る運動など何の意味がある。

差別や人権で飯を喰う人間は、本当にこの世から消えてもいいクズ。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-25 23:43 | 今日のニュース・雑考
フェミニズムと男解、ルサンチマンは行き詰る宿命?
***********************************************************

2006年11月20日
19:57
神名龍子

>痴漢は男女の「良い関係」の契機にはなり得ないと思います。

もちろんです(笑)。そもそも「痴漢」というのは契機ではなくて、「セクシャリティの非対称性」を契機として生じた「悪い関係」のことだからです。だけどフェミニストや男解は、それを一般論へ飛躍させるんですね。

つまり「男女対抗図式」が最初に自明の真理として置かれ、それを前提として物事を考えることしかできないわけです。ですからどれだけ反目していても、実はフェミニストと男解とは同じ前提を共有している。共有された前提が「男女対抗図式」だからこそ、反目し合うことしかできないわけです。

他にも共有している前提があって、それは「男女同質論」(性差否定)です。だから男女が何から何まで同じでないと気がすまない。そうである以上、どちらのグループも「セクシャリティの非対称性」を認めることができないんです。

しかし彼らのこのようなドグマは、一般の男女の意識や行動のありようを、かなり取りこぼして把握することしかできない。現実を見ることができなくて、自分達のドグマに合致する事例だけを取り上げて、それをさも一般論であるかのように強弁する以外に能のない集団になってしまう。これが両グループの本質ですね。

なぜ彼らが性差否定に固執するかというと、差異と差別の区別がつかないからです。「性差があるから性差別が起こる。性差がなくならない限り性差別はなくならない」という考え方になっている。つまり「差異があるから差別が起こる」という考え方です。

これは30~40年前にはよく見られた、とてもナイーブな反差別論の範型です。言語の違いや宗教の違いがなければ戦争は起こらないに違いないという、反戦思想もその一種です。

だけどこの考え方で行くと、たとえば「黒人差別は肌の色の違いがなくならない」という話になりますよね。黒人と白人が存在する限り、両者は永遠に反目し合うしかないのだという結論にしかならないわけです。これは事実にも反しているし、今はまったく流行らない考え方です。それがどういうわけか、性別に関しては今も根強く残っている。それがフェミニズムや男解なんです。

性別に関していえば、性差や「セクシャリティの非対称性」は、男女の「良い関係」の景気になることもあれば、「悪い関係」の契機になることもある。つまり性差や非対称性それ自体は、本質的には善でもなければ悪でもありません。

だから問題は、どういう場合に「良い関係」に進み、どういう場合に「悪い関係」に進むのかという、その分岐条件を明らかにすることです。性差や非対称性という出発点を目の仇にすることには全然意味がありません。

彼らの主張というのは、たまたま東京発の列車が事故を起こした例があるというだけで、そこから「東京発の列車は必ず事故を起こす」という一般法則を立ててしまうのと同じです。事故(悪い関係)の本質とはまったく関係のない「始発駅」を取り上げて、それを事故の原因だと主張するわけですね(笑)。

だけど鉄道事故を防ごうと思ったら、ある列車は安全に走行し、別の列車は事故に遭った、その違いは何によって生じたのかということを考えなければ仕方がないわけです。


2006年11月21日
20:15
やまめ

痴漢や夫婦間のDV、性犯罪は「悪い関係」ですよね。

それにしてもフェミと男解の共通前提が見事にまとめられている!
そうか、両方とも性差否定が前提にあるから言動が似ているのか。
男だからって「男らしさ」という固定観念に縛られるのは嫌だ…
前提が性差否定だと解説されれば「あーなるほどー」という感じです。

この書き込み、是非本家日記に転載させて頂きたいのですが…
mixiの規約上、仮に本人から了承を頂いてもダメなのでしょうか。
神名さんのこの文章、男解の補足として是非載せたいです~!


2006年11月21日
21:19
神名龍子

私は構いませんよ。むしろどんどん広めていただきたいくらいです(笑)。

少し付け加えておくと、まず、フェミニズムや男解が共有している前提は「性差否定」と「男女対抗図式」ですね。この二つの前提は、突き詰めて考えると相反するものなんです。

彼らは決して「男女対抗図式」を手放せないのだけれども、しかし「性差否定」というのは、この図式をも相対化ないし否定してしまう。男女の別が崩れてしまえば、必然的に「男女対抗図式」も崩れてしまうからなんです。

これをどのように誤魔化しているかというと、「男女対抗図式」を解決するためには「性差否定」が必要だという話にするわけですね。

すると実際の運動はどういうことになるか。「まだまだ男女対抗図式(あるいは性差別)があるぞ」「まだまだ性差否定が足りないのだ」という運動にならざるを得ません。ですから何でもかんでも、とにかく「性差別」として解釈する。そうやって次々に告発・糾弾の対象を作り上げてゆかないと、この手の運動はすぐに行き詰まってしまうのです。

これも性別に関わる問題だけの特徴ではなくて、たとえば部落差別の問題でも同じですね。「平等」をいいつつ、「まだまだ差別があるぞ」といい続けて、自分達の特殊性を、自分達の被害者性の強調という形で再生産せざるを得ない。差別解消の運動のはずが、差別再生産運動になっているわけです。

これは「差異の否定」と「対抗図式」という、本来は相反する前提を並存させていることから生じるもので、この手の運動が本質的にかかえている矛盾です。このことからも、この二つの前提が誤りであることがよくわかるかと思います。

***********************************************************


掲示板の真性バカの書き込みについて、まずミクシィで反応を伺ったところ、
マイミクの神名龍子さん(論客として有名?)から非常にためになるご意見を頂けたので
ご本人に了承を得た上で、こちらにまるっと転載させて頂きました。

さーて、これを私自身が如何に解釈して熟考した上で何某かの回答を出せるのかなー。
これをまとめるのは(私にとっては)難題なので、またの宿題ということにします。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-23 22:53 | 今日のニュース・雑考
貧乏買い物日記/イマージュのブラ
最近お財布の紐をぎゅうぎゅうに締め上げています。
だって虫歯の治療費がどんどん飛んで行くんだもの!福沢さーん!
美容院も睫毛パーマも我慢してきました…でも限界です。
髪のもっさりに耐え切れず、今日美容院にカットだけしに行って参りました。
初めて指名というのをやってみたけれど、指名料が300円って安いな。
前髪なんかちょっと斜めにカットして貰っちゃいました。

ついでだからと丸井に寄ってローリーズファームとオリーブデオリーブで
ボーダータートルカットソーとピンクの普通のカットソーを1枚ずつ買いました。
なんかね、今年の特徴? 明るい色のカットソーやブラウス、セーターが少ない!
モノトーンとかカーキ系、モカ(ブラウン?)系、そんなんばっか。
そりゃカーキやモカも好きですが、全身それじゃ明るさや華やかさがないでしょー?
綺麗色のインナーにアウトドアっぽい褪せた色を羽織るからいいのであって!
ぶっちゃけピンクとかミントブルーとかそういう色のインナーがほしいわけですが。
カラフルでも朱赤とかグリーンとかイエローとか苦手な色ばかりあっても仕方ない。
ピンクとムラサキとブルー系をもっと置いてください!@ブルベの叫び。
オリーブデオリーブでようやく許容範囲のピンクの水玉カットソーを見つけました。
しかしローリーズとかアズのカットソーに比べると、着た感じ生地が硬めですね。
まぁ洗濯したら左右の袖の長さが違ったとか、そういうのがなければいいんですけれど。
(ローリーズのカットソーでマジであった、もともと長めの袖なので気にしていないが)
せっかく池袋に行ったのだからとメトロポリタンプラザにも寄ってみました。
イーエーピーのバルーンスカート(カーキ)を買おうかどうしようか真剣に悩んでやめた。
黒は持っているからカーキがあればもっとコーデがラク…しかもポケット付きだし。
しかし収縮財政下において、5000円台のスカートも諦めざるを得なかった…。
次に行ったときにまだあれば買おう…次があれば…あれば…。
イーエーピーはコートとかもすごく好みでしかもお手頃価格なんだけれどさ、
何せ今、今後入る予定の2本の差し歯に備えて浪費するわけには行かないんだ(泣)。
同じフロアの別の店でスキニージーンズ1990円に惹かれてSサイズを試着。
サイズはピッタリだったとです…しかし股上がいくら何でも浅すぎます…。
へそ下5cm以上はいくら何でも穿けません…すごい履き心地もよかったのに。
やっぱりユニクロのスキニーを買うしかないのか、ユニクロ好きじゃないんだけれど。
ヘザーのスリムパンツもいよいよワンサイズ下を買わなきゃいけない感じだし…。
痩せるのにお金はあんまり使わなかったが痩せたら金が矢鱈かかるな。

帰ってきたらイマージュからブラ&ショーツセットが届いていたよ。
イマージュのブラは今までハズレが多くて今回もお試し感覚で頼んだのですが
これが大当たりでした!ジャストフィット!きれいにバストメイクしてくれる!
「ワガママかなえるきれいバストブラ&ショーツ」という異様に長い商品名ですが
これのローズピンクE75‐M(Mはショーツサイズ)を頼んだらジャストフィット!
先日ベルメゾンで買った美胸メイクブラ(E75)よりずっと気に入ったので
さっそく同じブラのアイボリーとミントブルーの同じサイズを追加注文しようとしたら、
ミントブルーは売り切れ…仕方ないのでアイボリーと同じローズピンクを注文しました。
濃紺もいいかと思ったのですが、ちょっと普段使い向きじゃないよなぁと…。
ローズピンクが華やかなのにシック、非常に私好みの色合いで嬉しかったです。
ブラ選びの基準はどうしても機能性重視(3枚立体接ぎとか)になってしまうのですが、
やっぱり乙女心を満たしてくれるカワイイ下着のほうが嬉しいよね…。
今回のブラで少しイマージュのブラを見直しました。
しかしイマージュってほとんど買い物しないのにカタログ送ってくるねぇ。

最近通販にも飽きています、下着くらいしか買わない。
実際にお店に行った方がお手頃でカワイイ品物があるもん。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-23 21:45 | おしゃれ大好きクロゼット
はてなちゃん
a0027061_21151474.jpg

a0027061_21153335.jpg

a0027061_21154985.jpg

a0027061_2116846.jpg

a0027061_21162716.jpg

a0027061_21164483.jpg

a0027061_21165916.jpg

a0027061_21171966.jpg




自由に使ってほしいはてなちゃん画像より。
遊んでいて面白かったです、最後らへんネタが尽きていますが…。
最初のはもちろん100%ネタです、エクスカリバーが、つい…。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-22 21:31 | 放浪インターネット
意味もなくタロサ補給
書道を嗜む達筆のタロサ、机の上には毛筆がズラーッと…硯らしきものまで…。

a0027061_2058513.jpg















画像をクリックして頂いてもわかりにくいかもしれませんが、向かって右手の机の上に…。


a0027061_21152091.jpg







ほんとに好きなんだなぁ、つうかどこで手に入れた何のブツだろう、本の厚さじゃないし。
販促用グッズの下敷きとかそういうのかしら…でもどこから入手したのか謎だ。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2006-11-21 21:03 | ローゼン閣下