カテゴリ:読書・漫画・TV( 77 )
夜の帳の中の晴れた空/コメントから…
多忙を極める日常に疲れた時、頑張れど、頑張れど実力が追いつかず、報われないなぁと落ち込みの穴にちょっぴり入り込んでしまった時、人に言われた嬉しい言葉を反復する。
仕事には何の関係もないほんの些細なシーンでも、心慰められた言葉を思い出してみる。
傍目に見れば暗いかもしれませんが、自棄になって泣き喚くよりはいいかなぁと思います。
いやぁ疲れているのね、私…(苦笑)
そんな時、歌というものがある事も久しぶりに思い出しました。
今まで忘れていたという事はやはり相当余裕がなかったんだな…(-_-;
格別歌が上手というわけではないし(むしろ下手の部類)、歌舞音曲に並ならぬ思い入れがあるわけでもないけれど、こんな時に口ずさむ歌がある事は幸せな事だなぁとしみじみ…。
(すでにポリアンナの「いいこと探し」の領域だな)(それ見たことないけれど)
普段から好きで好きでたまらない、ということではなく、そんな時に気に入って繰り返すフレーズってありますね。
なぜか今日最初に口ずさんだメロディはCoccoの「強く儚い者たち」でした。
自分でも何故!?の選曲。「飛び魚のアーチをくぐって…」というところがね、自然と…。
別にCocco信者ではないのに。
どちらかと言えば(と言うかもろに?)自傷癖者のイメージが強いCoccoですが、「Raining」の歌詞やメロディなんかすごーく好きなんです。
(もろ自傷の歌じゃん!)
今の仕事場は都心の中小ビル街の中にあって、私は自分の会社が入っているビルの裏手の外付け非常階段で一息入れるために煙草を吸います。
隣のビルの壁がすぐ横にあり、はるか下の細い道路を隔てた向かい側、目の前にはまた2つほどのビルのオフィスの窓が何段か見えて(狭いのでそれしか視界がない)(正確には自分がいるビルの裏手なので向かいとは言わないかも)、中で働く人々が見える。
昼休み時にはコンビニの袋を持って自分のデスクに戻るおじさんなども見えて、ネクタイをした立派なお仕事なのにお昼ご飯はデスクでコンビニ飯なのかぁ…と悲哀を漂わせるはずの風景を妙に微笑ましく思ったりもする。
背だけ高い小さな建物が立ち並ぶビル街の中空でぼんやり煙を吐き出していると、空も何も見えないけれど、晴れた空の下、それぞれの仕事場で働く人々が見えて、せわしい仕事の合間にどこかゆったりした気分に浸れるのです。
そしてまた仕事に戻ったり、食事部屋に戻って非喫煙者の皆さんと昼休みのお喋りをしたりするわけ。
台風で大雨だった日もそこで煙草を吸って目の前で働く知らない人々を見ていました。
都会を嫌う人にとっては押し迫るように乱立するビルは人間性の欠如の象徴として嫌われるのだろうけれど、私にとっては心地いい場所。
多くの人が働いているから。
「Raining」を歌いながら、そんな風景を思い出していました。
そして中島みゆきの「時代」、斉藤由貴(原由子)の「少女時代」、「Komm,susser Tod(甘き死よ、来たれ)」(歌い人はARIANNE。巨大綾波レイの歌と言ったほうが早いかも)などなど次々と口ずさむうちに、私の忙しくささくれ立った心は鎮まって行きました。
選曲は「自分が暗くならない歌」だったんだけれど、図らずも壊れた心を回顧したり俯瞰したり悲しみを前向きにとらえたり…という歌になりました。
明るく希望に満ちた歌ではダメなのかしら?(^_^;
たまには疲れた自分を労わって、そんな自分に多少酔わないといけませんという事かな?
今(※夜中ですよ)は「THANATOS –IF I CAN’T BE YOURS-」「Komm,susser Tod」「Ⅱ Air」の3曲が収録された劇場版エヴァンゲリオンのCDを引っ張り出して聞いています。
いやいや本当に昔を回顧しています。
いろいろな時代を経て、人の強さ・儚さを知り、雨の中で晴れた空を歌うようになった私。
今日は少し暗くじめじめと思いのたけを語ってみました。
私の気分は疲れていながらも晴れているのですが。
ま、こんな日もあっていいですよね。

初めて訪れた知らない人のブログにコメントを残したら、そこから発展した記事がUPされていました。
まったく初見の通りすがりに近いコメントだったのに(もちろん捨てハンではなくログインですが)、そういうリアクションもあるんだな、と少し嬉しくなりました。
私自身は今後もコメント・トラックバック機能をONにする気はまったくありませんが、感想などは掲示板にお気軽にどうぞ。
※余裕を持ってレスしたいので、レスに時差は出ます。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-10-01 23:56 | 読書・漫画・TV
「紅一点論(アニメ・特撮・伝記のヒロイン像)」斎藤美奈子・著
久々に膝を叩くような面白さと読み応え、読後の爽快感を味わえました。
アニメ・特撮に関しては大昔の作品まで例として挙げられていて(リボンの騎士とかサリーちゃんとかウルトラマンとかヤマトって何十年前の作品だよ…)、具体像が掴めない部分もかなりあったせいか今ひとつでしたが、伝記編はとても面白かった!
(エヴァンゲリオンなんかはリアルタイムで熱心に見ていてそれなりに思い入れの強かった作品なのだが、この本の中に書かれている考察は私にとってたいして面白いものではななかった)
(宮崎作品のヒロイン考察に関しては、私が宮崎作品に『宮崎作品』という額面以上の思い入れをまったく持っていなかったお陰か興味深く読めました)
しかしこの文庫本の解説を書いていらした姫野カオルコさん同様、私もこの本を読むまで斎藤美奈子さんのことをミス・ミナコ・サイトウだと勘違いしていました…!
わざわざ著者プロフィールに「ミス・ミナコ・サイトウとは別人」と書かなければいけないなんて、相当多くの人に間違われたのでしょうね。
私もゴメンナサイ。

子供向けの伝記・偉人伝の類の胡散臭さ・捏造臭は相当なものですが、「じゃあ本当のところはどうなんだ?」と、酸いも甘いも噛み分けたい(※ここは希望であろう)大人向けの本を探して調べるまでの熱意はありません。
偉人像へのアンチテーゼとして書かれた書物は、また「人間臭さ」を履き違えてスキャンダラスな面ばかりを殊更オーバーに前面に押し出しているような印象があるし…。
(エゴン・シーレの生涯を描いたある映画はひどかった)
(勢いムンクの映画も見る気をなくした)
しかし伝記・偉人伝に登場する女性の代表格選手(?)、ナイチンゲール、キュリー夫人、ヘレン・ケラーの「語られない部分の生涯」に関する本書の記述・考察は文句なしに面白かったです♪
ナイチンゲールって絶対単なる聖女じゃないと思っていたのですよ。なんと言うか直感で。
看護婦さんは聖母と慈愛の塊のような人である、という認識も安直すぎるし。
この本を読んで、「やっぱりそういうしたたかな辣腕の女実業家だったか…!」と会心。
かなり保守的でもあったようです。
彼女が当時の女性の社会進出に対して否定的だっというエピソードも「なるほど」と頷ける。
そう思っていたのはナイチンゲールに関してだけなのですが、私は別に偉人の「偉人らしからぬ人間臭い部分」を暴いた書物を読んで、「ほうれ見ろ!」と溜飲を下げるわけではなく、「やっぱりこの人は実在する生身の人間だったんだ」と安堵するような気分になりました。
キュリー夫人が愛情は深くても母親業がいささか不得手だった事、時には心無いスキャンダルにも襲われるような恋愛ロマンに満ちた生涯であった事、2人の娘達はそんな母親を別に恨むでもなく成長した暁にはそれぞれがジャーナリスト・学者への道を進んだ事、その後に彼女達が物理学という男社会の紅一点的な偉人である母親以上に味わうヒロイン(紅一点)としての苦悩。
ヘレン・ケラーは何故他の偉人とは違ったジャンルに位置されて、フルネームで記されるのか。
彼女達をヒロインたらしめた要素とは一体何か。

勧善懲悪的でなくてはならないという理由もあるのか「歪曲・捏造によって神格化され、聖人像を作り上げられる」という宿命を持つ伝記・偉人伝を取り扱いながら、「聖に隠された俗悪の部分の暴露」というありがちな方向に走らず、彼女達の功績や生涯から「男社会における紅一点」を分析する事に徹した伝記編。
「女の社会進出を阻む敵」は「男社会」ではなく「男社会で成功した女」…?
面白いので是非お奨めしたい1冊です。

「もののけ姫」のサンとエボシの確執に関する記述は抱腹絶倒。
宮崎信者よ、読むがいい!
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-09-27 23:55 | 読書・漫画・TV
NHKスペシャル「子どもが見えない」第2回(再放送)
うーん、「子供に何不自由ない暮らしをさせたい」という意見は小町でもよく兼業VS専業の様相を呈したトピや、子供の数についてのトピのレスで書いている人がいますが…。
「経済的に苦労させたくない」とか。
それについて私の結論。
子供に不自由させてもいいじゃないですか。
と言うか、そもそもどんな環境であっても子供は不自由を味わうものですし。
自由を手に入れたかったら早く大人になって、自分の自由に自分で責任を取れるようになればいいだけの話ですよ。
ある日いきなり非行に走って不登校になった少女とその母親を取材したVTRを見て思った事なんですけれど。
成績はいつもトップで進学校に進んで受験のために塾にも通ってピアノも習って…。
気の毒なほど不自由な女の子でしたね。
あれではいきなり非行に走るのも無理はないような。
それで母親が「何不自由ない暮らしをさせてやったのに裏切られた気分」だとか「いいお嬢さん=完璧な人間という最高の褒め言葉。娘にとっても、母親である私自身にとっても」とか「特に娘は母親の作品ですし」とか言っているのだから何とも言えない…。
かなり不自由な娘さんですよ? 同情の涙を禁じえない。
大体「娘は母親の作品」なんてお母さんが思っている時点で相当不自由な暮らしを強いられていたに決まっているじゃないですか。
非行に走らなければ、あの少女はどうなっていたのだろうと怖くなります。
それこそ精神を病んでしまい、長い年月を闘病に費やす事になったかもしれません。
生きていれば人生は取り返しがつくけれど、青春の取り返しがつかなくなる前に自分の道を探し始める事ができて本当に良かったですね…。
先にも述べたように、子供はどんな環境であろうと親の庇護下にいる限り、不自由を感じます。
それは親子の宿命みたいなものです。
だから自分の自由を手に入れるために大人になって、自分の家を新たに作るんです。
子供の頃の不自由は逃れられないものだし、ある意味人間として成長して行く上で必要条件とも言えるものだと私は思います。
子供を持つ親御さんは、経済的に恵まれていれば大丈夫、とか、ウチは子供に干渉しないから大丈夫、とか、いい学校に入れてあげれば大丈夫、などとくれぐれも履き違えないようにお願いしたいですね。
とは言え小町で「娘宛てのメールを見ちゃいました。娘に言ったらひどく逆上して急須を投げつけてきましたが、私が悪かったんでしょうか?」(要約)などと頓珍漢な事を言って叩かれまくっていたお母様がいましたが、それは「子供と言えども親には知られたくないプライバシーの領域がある」という当たり前の事を配慮できなかった良くない親のサンプルです。
私が言っている不自由ってそういう事じゃないですから。
例えば「ウチには私立へ行かせられるだけのお金がないから公立の学校に行って頂戴」くらいはそういう経済状況の家庭にいるのだから仕方がない事で、そこで親が世間に見栄を張ったり子供のわがままを聞く必要はないという事です。
子供は親を選べない。親御さん方はそういった現実を直視したほうがいい。
そんな事を書いている私はと言うと、そこそこ子供らしく不自由を感じながらも「ウチはウチだし…しようがないかぁ」とノホホンと育ったクチでした。

もうひとつ。「死んでも生き返る」というショッキングな子供達の認識ですが…。
世の中清潔志向が行き過ぎて、「不潔なもの」を排除しようとする動きが盛んですよね。
また、子供を汚らわしい事や惨い事に目を向けさせないように、純粋無菌培養するという極度の過保護傾向も見られます。
ちょっと例えが極端ですが、昔々大昔(飛鳥とか奈良の時代?)は疫病や戦乱・飢饉などで亡くなった人達の死骸が野辺…と言うのですか?低い山なんかに並べられて、処理されるか腐って土に返るまで、死臭を放っていたと聞きます。
死んだ人の死体の形が徐々に変形して(お腹が膨らんだりして…)、野良犬などに食い荒されたりしながら腐って行く様子を段階的に描いた絵もありますよね。
昔の人は死がどういうものか、日常レベルでよく知っていたという事です。
今のお葬式ではドライアイスで腐敗を食い止め死化粧なども施され、故人の美しい安らかな顔を見て最後の別れを惜しむ事が出来ますが、それでも死んだ人は帰ってこない。
幼い頃、生前2回くらい会った事のある曾祖母が亡くなった時、お葬式には行きませんでしたが四十九日の法要に連れて行かれました。
関東でも田舎のほうでしたので、土葬でした。
ところどころ土が盛り上がった狭い墓地内に、卒塔婆や墓碑が所狭しに並んでいて…。
この足の下にたくさんの人の死体が埋まっているのかと思うと気味が悪かったし、連れて行ってくれた父が「おばあちゃんを埋める時に土を掘っていたら知らない人の骨が出てきたんだよ」とか「夜になると『うらめしや~』って骸骨が出て来るんだよ」と笑えない冗談を言ったりしていたので、「死んだらこんな冷たい土の中に埋められてしまうんだ…おばあちゃんも…」ととても悲しい気持ちになったように記憶しています。
後は祖父母が亡くなった時に火葬場でお骨拾いをしたので…。
骨がボロボロで悲しかった。
人は死んだらどうなるのか、観念的ではなく事実を子供に教えてあげたほうがいいですね。
死後の世界があるのかどうか知りませんが(私は信じていませんが)、あるとしても、親や兄弟・友達がいるこの世には二度と蘇れない、という事をしっかり教え諭してあげてください。
世のお父様・お母様方。
死んだら何もかもが終わりです。

それにしても甘ったれたガキが本当に多いな~。
日本の未来は大丈夫か。
この記事も偉く長文です。大丈夫じゃない。反省。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-09-08 23:57 | 読書・漫画・TV
NHKスペシャル「子どもが見えない」第1回(再放送)
見てしまいました。こんな時間まで…。
まぁ見てよかったかな。

えーと…番組に意見を寄せている子供達に悪いんだけれどさ。

甘えるんじゃない!
世界は自分を中心に回っているんじゃないんだよ!
子供のくせに楽ばかり追い求めるな!
子供のわがままは通らないのが世間の常識なんだよっ!


はー…失礼しました。
「すぐキレる子供」とか「心の闇」とかカッチョイイ(?)言葉が横行していますが、要するにいつまでも自分のワガママが通ると思っているオコサマ子供が自分の意のままにならない状況に陥った時に、安直な解決策として引きこもってインターネット世界に逃避したり、暴れたりしているだけじゃないですか。
むかつく。殺してやる。その短絡思考、幼児が刃物を持ったようなものですよ(そのままだね)。
簡単に「追い詰められる」なんて言葉を大人までが使うけれど、自分の力で解決の糸口を見つける事が出来ないんですか?
子供時代というのはですね、友達と遊んだり喧嘩したりいじめたりいじめられたり泣いたり仲直りしたり、そういう「子供の苦労」を延々と繰り返して行く時代なんです。
そういう経験を気が遠くなるほど積み重ねる事によって、煮詰まったり壁にぶち当たったりした時の解決策を自然と身につけ、自分自身を強くしながら同時に社会性をも身につけていく時期なのではありませんか?
そうしなきゃ人間成長できませんよ。いつまでも(頭も心も)か弱いオコサマ。
「見て欲しい」とか「わかってくれない」とか、キミタチ子供の分際で「くれない族」ですか?
衝突して傷つくのが怖いから、楽なほうへと逃げてばかり、それでどの口で文句を言う!
苦労してから物を言えっての。

子供は親の苦労を見ながら自分も苦労して育って行くものだと私は思うのだけれどなぁ…。
最近は「(金銭で)子供に苦労をさせたくない」などと何か履き違えた親も多いので、一概に子供達ばかりを責められませんが…。
「ウチはウチ、ヨソはヨソ」と言い切れる気概のある(?)親御さんが少ないのだとしたら、それも一因なのでしょうか。
同じ洋服を着る事で友情を確認し合っているんですか。ふーん。
喜んで買ってやる親も親だが。
1人で孤立するのが怖い→とりあえずの友達を絶対キープ→心開ける友達ができない。
当たり前じゃないの。バッカみたい。

ただ、最後のチェシャ猫さん(HNはこれでよかったっけ?)の話は重かった。
彼はとても頭が良くて健全な、心優しい少年だという事が喋り言葉から伝わってきました。
(健全の定義は広く捉えます)
だから、朝の何気ない家族との挨拶で「(自分が同級生を殺したら)家族が悲しむ。殺した奴にも家族がいて悲しむ」という事に思い至って犯行を思いとどまれたのでしょう。
ただの推測ですが、その時点で殺意は大方消え失せていたのではないかと思います。
彼が犯罪者にならなかった事に、私は心底安堵しました。
何気なく変哲もないけれど暖かい家族(テレビを通してはそれ以上の事はわかりません)、それが彼を地獄から救った事に感謝します。
ま、他人なんだけれどね。
ゲストの先生2人はまったく違うタイプですが好感を持てました。
2回目も見ますか。今度はビデオ録画で…。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-09-07 02:23 | 読書・漫画・TV
来週は「ウォーターボーイズ」!/地球大進化
絶対見るのです。標準録画。
金曜だったか土曜だったか忘れましたがテレビ雑誌でチェックをぬかるな!
今から「ヘーイヘイヘイヘーイヘーイ♪」と鼻歌を歌う私です。

昨日はNHKスペシャル「地球大進化」の3回目を見ました。月1シリーズです。
3億数千年前、水中から陸上に上がった生物の姿なんて、想像の範疇でしかありません。
科学者達も、化石やそれ以前の科学者達の研究の成果から推測を重ね、仮説を立てることは出来てもそれを実証することは出来ない。
それだけ遥かな時の彼方の出来事。
それでも確実に、現存しない不思議な形の化石から、今の多様な生態系へと生物は進化を遂げて行ったのですね。
悠久の時の流れの中では人間なんてちっぽけな存在。
でも生命の歴史は奇跡のような環境への適応・進化によって、生物黎明期から現在へと途絶えることなく続いている。
すべてが地球に生まれ、地球に育まれ、時には地球に滅ぼされ、しかし地球に支えられて生き続けている。
私達人類が死に絶えた後も、地球が死なない限り、生物は新たなる進化を模索しながら生き続けるのでしょう。
ちっぽけだからこそ、私はその命をあらん限り燃やし尽くして生きたいなぁ。
短い命、せこせこ生きるのは勿体ない!

ちょっと引っ掛かった箇所は…
語り手が、私達の祖先とされる魚を「弱い生き物」と連呼していたことでしょうか。
もっと大きな魚に捕食される立場(変な言い方…)だからと言っても、自分よりも小さな魚を捕食しているわけだし、微生物・プランクトンを食べるのも「他の命を奪って生きる弱肉強食の世界」。
生態系はそういった食物連鎖のバランスの上に成り立っていて、その中ですべての生き物が命で命を支えあっているのだと思うんです。
「弱者」という言葉を騙るな、利用するな、騙されるな、と常々思っている私はそんなところに引っ掛かったのでした。

NHK受信料、「見ていないから払いません」と言ってバックレるのは流石に良心が咎める。
かなり他所の世帯よりもNHK放送の世帯内視聴率は高いと思うから…。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-06-27 23:57 | 読書・漫画・TV
黄昏時の恐怖夜話
明け方から強風。昼頃までには暴風に。午後からは雨も降り始め、夕刻には暴風雨です。
心なしか遠雷も聞こえるような…? 以上関東地方からお伝えしました。

民放の台風情報は本当に馬鹿丸出しですね。
地方キャスターを防波堤の近くに立たせて、何を叫んでいるのか聞き取れやしない。
人の不幸を願いたくはありませんが、一度くらい人身事故が起きたら民放も自粛せざるを得ないのではないでしょうか?

自然災害は、人為的な災害よりもずっと怖いです。
例えば海岸で津波が襲ってきた時、山で地すべりが起きた時、人はなす術もなく、ただ生存本能のままに身を守ろうとして逃げ惑うのみ、押し寄せる自然の力の前で、人はあまりにも無力です。
九死に一生を得た時、呆然と「神様仏様…」と呟くかもしれません。
(その後に「稲尾様」と続けられたら大物かもしれない)
自然の力の前では人知など足元にも及ばない。
そういう意味で、自然に対する畏敬の念を努々忘れてはならぬと私は自分に言い聞かせています。

実は私は雷が鳴っている時、怖くて往来を歩くことが出来ません。
「落雷」の二文字が頭の中をぐるぐる駆け巡り、髪はちりぢり、肌は黒焦げになった悲惨な落雷被害者(?)の姿を思い描いて、半ばパニック状態に陥りながら「タクシーで行く!(泣)」ということになるのです。
犬恐怖症・落雷恐怖症、何か子供の頃にトラウマになるような出来事があったのでしょうか。
ソレらしきことが犬では確かにあったのですけれど…。
でも何故か私は犬に好かれてしまう。
私は恐怖心でいっぱいなのに、犬は嬉々としてハフハフ懐いてくる。
「ヒ~!怖いよ~~!\(T▽T)/」と心の中で震えて泣きながら、飼い主の手前、ニコニコしながらじゃれついて来る犬を「よしよし」と撫でてあげる、この辛さ。
口元が特に怖い。ガブリと食いちぎられそうで。キャンキャンという鳴き声も怖い。
けたたましい音や声ってそれだけで恐怖を感じる。

ところでスヌーピーといつも一緒にいる黄色い小さい動物、あれって鳥なんでしょうか?
昔から、かわいいけれど得体が知れない動物だなぁと思っていました。

本で恐怖を味わうことも出来ます。私は大概ミステリー小説で怖い思いを満喫しています。
竹本健治、怖い! 今邑彩、怖い! 小野不由美、怖い!
しかしあまりにも直に痛覚に訴える恐怖と戦慄に、幾度も瞼をギュッと押さえ、この恐怖を誰彼構わずお裾分けしたいとばかりに友達にも「これ読んでごらん~エヘエヘ」と薦めまくったのは、綾辻行人の「殺人鬼」でした。
ミステリとしても上出来で、すごーく面白いのに怖すぎて再読できない本。
「眼球綺譚」なんか“目”じゃないねっ!

本当は怖いもの苦手なんです…。幽霊話とかホラー映画とか全然ダメです。
なのに「怖い話」に終始してしまいました。
でも一番怖いのは宗教にハマッた人かもしれません。
フィクションではない怖さ。
本当に「あっちの世界」に引きずり込もうとしているからねー…。
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-06-21 18:19 | 読書・漫画・TV
策士、策に溺れる
今日の新選組を見た感想を一言でまとめると。

もしかしたら今日は鴨が暗殺されるのかな~?と思っていましたが、新見錦!
(お米とかさくらんぼみたいな名前ですね…)
裏に控える№2の座から奔馬の大将を巧みに操縦して、組織の実権も掌握し、状況に応じて狡猾に立ち回りながら、御せなくなった大将に見切りをつけて(その大将の寝首をかくことを手土産に)土方側に寝返ろうとした新見。
この人は「目立たずに安全地帯に居たい、でもそれなりに偉い立場で」というある意味わかりやすい人でした。
いけ好かないタイプですが、私は嫌いじゃない。狡猾って別に悪いことじゃないし。
「保身第一」と言うとつまんない印象ですが、そのための策が常人離れして上手であれば、それは尊敬に値する。
でも鬼の土方に一枚上を行かれましたね~。
策士、策に溺れたり。
山本土方、かっこよすぎてシビレル…! やることが徹底している。すごい。
狡猾で知恵の回る新見、今後仲間に加えても、土方プロデュース・壬生浪士組の障害になり得る可能性は捨てきれない鴨の腹心を潰してから丸裸になった大将を狙う。
天晴れ!
山南さんは所詮知恵係で共謀向きの人、大物らしくない。
なんか肝っ玉が小さい感じ。ペライよね…。この人も溺れそうな予感がする。
新見と土方の息詰まる遣り取り、しびれた~♪
でも新見は立派に腹を切ったね。肝の据わった大物らしさが最後に…。

しかし切腹って「やれ」と言われてやれるものなのか、不思議だ。
いまだに「ニッポン」と聞いて「サムライ、ゲイシャ、ハラキ~リ」と連想する外国人がどれほどいるのか知りませんが、現代において切腹できるような人は、何か精神的にか思想的にか偏向しすぎて常軌を逸した状態の人しかいないのではないでしょうか。
三島由紀夫とか。
私は「著名なゲイの文学者で、自衛隊の建物で演説をして直後に切腹自殺した」という後世的な知識しか持ち合わせていないのですが、三島のハラキリは当時如何ほどの衝撃を世間に与えたのでしょうね。
それは時代の当事者じゃないからわからないけれど。
自分の意思に反して暴漢に殺害されるとか、死刑を執行されるとか、そういう不可抗力な死ならともかく、「腹を切れ」って刀を差し出されても絶対切れません。
かぎ裂きにしなきゃいけないとかいう切腹の決まり事も恐ろしい…!
(十文字という話も聞いたけれど、どっちにしろヤだよ)

佐藤浩市さん演じる鴨はどうしようもないダメ大人っぷりが清々しくさえあります。
こんな大人、ヤだけどな。中身は子供。頭の悪いたけしか?
でも今日、新見が切腹させられた後、お梅さんと仲睦まじくしていた沖田を殴ってお梅さんにすがりつき、「新見が殺された…次は俺だ…」と笑っているような泣き出しそうな怯えた顔をしていた鴨には少し胸がキュンとしてしまいました。
こういうのが女心に訴えるタイプなんだろうか。
ろくでもない男、でもしょうがないわねぇって感じ? いかんいかん、自重自重。
平助と秀さんは青春街道直進(ぷ)。

予告、半裸で拷問されていたのは土方ですかね?
今日のお梅さんの「裸の男がいっぱいやわぁ~♪」という発言が、この新選組のすべてとは言わないけれど半分くらいを言い表しているような気がする…。
新選組占いをやってみたら、最初の結果は永倉新八だったのに、2回目トライしてみたら山崎蒸になりました。
誰ソレ。
でもどちらも「開運物まねは、鬼太郎の親父です!」と出た。
どうやって真似ろと…。


電車女に写真UP。下手ですみません…;;
[PR]
by yuzuruha_neko | 2004-06-20 23:30 | 読書・漫画・TV