DEATH NOTE
DEATH NOTEを久しぶりに一気読みしてふと気付いた(思った)こと。
死のルールで「ありえないこと(不可能なこと)はできない」という説明があった。
覚えている限り、ライトがデスノートの実行力を試すために実験で殺した3人の例と、ヨツバの死の会議で殺された3人の例で説明されている。
ヨツバの死の会議における説明に詳しいが、「湾岸線をドライブ中に衝突事故で死亡」と死亡指定された人物が、指定日時にお忍びでイタリアに居たため心臓麻痺(名前を書いただけのデフォの死因)で死亡したという例、「ガン」で死亡日時を指定された人物が心臓麻痺(同)で死亡した例。
イタリアに居るのに湾岸線で死亡とか、健康な人が突然ガンで死亡とか、要はデスノートに書き込んでも現実的にあり得ないこと、起こり得ないことは実行できない、というルールというかデスノートの効力の限界。
例えがヘンだけど、既に30歳の人間を15歳で死亡させることは不可能、みたいな。
で、デスノートを手に入れたライトが当初自分が神として君臨するべき理想の世界として目指した世界は「犯罪者のいない世界」。
ライトの定義だと「善良な人間だけの世界」に近いけれど、ライト自身がそのために取った手段や心情の変化はどうあれ最後までライトはその理想や信念を持ち続け、貫き続けていたと思う。
あの凄絶な最期では根源的な「死の恐怖」しか描写されていなかったし人間誰だってああなったら恐怖以外何も感じなくなると思うものの、ライトが捜査本部の仲間やニアたちを皆殺しにすることによって得たかったものは「保身」や「神」の地位ではなく、ライトが真に理想とした「犯罪者のいない世界」「善良な人間だけの世界」であり、その実現のためのステップとして邪魔な存在(ニアたち)は排除すべしと思ったから実行に移したまで、というほうが自然な解釈のような気がする。
やってることは大量虐殺による恐怖支配でしかないし、善悪の判断基準がライトの一存だから話にならないっちゃならない理念なわけだが。
この漫画で善悪論、ましてや方法論なんか語っても意味ないと思うけど、もしかしたら、ライトの目指した理想の世界がそもそも「ありえないこと(不可能なこと)」だからライトは実現に失敗したし、破滅したのかなー?という解釈に、ふと思い至ったというか気付いたというか。
そう思うと(勝手に思ってるだけですが)デスノートが夢を叶える万能ノートに見えて全然万能じゃなかった理由としてしっくりくるかなーと、ほんと今さらながら思ったわけです。
そりゃ死んだほうが世のため人のため、と(個人的に)思うような極悪人がのうのうと生き永らえてるのが世の中というものだから、ライトの語る理想郷に少しも共感できない人がいたらそっちのほうが変わり者だと思うが、やっぱ人間が実現不可能なことをやろうとしたらいろんな人に災厄が降りかかるってこともDEATH NOTEから学べるひとつの物の見方かも。

すべての人間が幸福であるという前提に立った理想郷を目指してる人たちとライトの姿がなんだか重なって見えたとそういう話です。
そんなこと言ったらライト全然カッコよくないですが、実際にそういうお題目で活動している人たちと違ってライトは漫画の登場人物だから本気で純真だったんだと思います。

ちなみに13巻、ずーっと開封しないでいて(単にモノグサで)昨日初めて読んだんですが、やっぱり噛ませ犬でもメロはカッコよくて好きだったなぁ…とちょっと切ない気持ちになりました。
小畑先生が「女性キャラ苦手」と仰っていたのも「あー、すごいわかります(笑)」と納得。
ちなみにお遊びのキャラタイプ診断、適当にやってみたら夜神総一郎さんタイプになっちゃったんですけど、いや夜神総一郎さんは素敵だしカッコいいし物凄く好きなキャラの部類ですけど…本来笑うべきお遊びでも全然嬉しくないですよそんな結果…。
いくら人間的に尊敬できて好感度100%のキャラでも「そういうタイプ」だと言われたくないよね、夜神さんちの総一郎さんは…。




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by yuzuruha_neko | 2010-02-19 01:22 | 読書・漫画・TV
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