鳩山談話が絶対に生まれる
「日本軍は処刑しようとしてた」麻生首相の謝罪求める
http://www.zakzak.co.jp/top/200907/t2009072324_all.html

「その4カ月は永遠のように長かった」。太平洋戦争で捕虜となり、1945年5月から終戦まで、福岡県の旧麻生鉱業、吉隈炭鉱で1日12時間働かされたオーストラリア人元捕虜のジョセフ・クームズさん(88)。80キロだった体重は48キロに。

「日本軍はわれわれを処刑しようとしていた」

終戦の日、翌日の労働は休みと告げ、見張り番が消えた。1週間後、米軍機が収容所に投下した食料を手に初めて生還を確信した。
祖国で妻と再会。地道に会社勤めを終えた後は、孫やひ孫に囲まれ静かに暮らしていた。
「アソウ」の名を頻繁に聞くようになったのは、麻生太郎首相が外相に就任した2005年ごろ。欧米メディアも麻生財閥の捕虜使役問題に注目した。古傷がうずいた。
戦後補償問題に取り組む日本の組織と連絡がつき、6月中旬に来日した。戦友の中で健康が許すのは、88歳でも元気な自分1人だった。
首相官邸は一切の対応を拒否。麻生グループの中核「株式会社麻生」も「人道的配慮」で訪問を受け入れたが「麻生鉱業は解散している」と慎重に距離を置いた。
首相には無視されたが、民主党の鳩山由紀夫代表と会えた。代表は元捕虜問題に理解を示し「個人的な意見」としながら、日本人として申し訳ないとも語った。
吉隈炭鉱の跡地では周辺住民と昔話に花が咲いた。「チョコレートとニワトリを交換したっけ」。傷は癒えなかったが、痛みがやわらいだ。「2回目の日本は、1回目より良かった」。冗談を残して旅を終えた。

ZAKZAK 2009/07/23



裏は取ってあるのかとかお前らオージーは日本人にどんなことをしたんだとかまぁいろいろ言いたいけれど、何よりも今この時期に出すあたり、ポッポ兄は売国宣言したようなものだね。
このオージーのオッサンを担ぎ出して日本に連れてきた「戦後補償問題に取り組む日本の組織」ってのはどこのどなたが運営している組織なのでしょうか。
ポッポ兄の安直な謝罪のために、日本人としてのプライドを傷つけられ不当な精神的苦痛を受けた、として民主党に抗議しても、百発百中スルーされることは想像に難くありません。
21世紀の日本がこんな情報統制社会になるとは思わなかった昭和生まれの私。
三権分立じゃなくて四権分立とかにしない?実際一番の権力者はマスメディアなんだしさぁ。

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by yuzuruha_neko | 2009-07-23 19:42 | 今日のニュース・雑考
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