歴史から学ぶもの/忘却・風化
惨く理不尽な死に追いやられた人達を己の思想や主張のために利用してはいけない。
それは彼らの死を冒涜する行為だから。
ただ哀悼の意を捧げるのみです。
あのような恐ろしい無差別大量殺戮を歴史に繰り返してはならない…と思いながら。

残された人達も利用してはいけない。
彼らの無念を左翼がアジプロの道具に使う事に、私は強い反発を覚える。


「決して忘れない」という言葉が、時に感傷的に、時に政治的な意味合いにおいても、よく使われやすい傾向にあるように思う。
しかし、忘却や風化、それ自体は罪悪ではないと私は思う。
過去の出来事・悲喜こもごもをすべて思い出にして心の中にストックしておいたら、その重みで人は潰れてしまうだろう。
都合の良い事だけ「忘れない」というのも何だかね…。
「リメンバー・パールハーバー」だって、日本人がいかに卑劣な民族であるか、というアメリカにとって都合のいい事をアメリカ国民は歌い継ぎ覚えていましょうということなんだし。
日本の宣戦布告が遅れた理由、米軍が奇襲の情報を得ていながらあえて真珠湾攻撃を黙認した事、これらは表ざたに知られることなく、すべてアメリカにとって都合よく歴史は語り継がれた。

別に今さら恨み節を言い募ろうというわけではありません。
ただ、歴史は勝者に都合よく書き綴られ残されるということ。
だから「忘れない」という言葉に私はあまり重きを置かない。
本当に忘れてはいけない事は、すごく単純な事だったりするから。

生きていると、忘れたほうがいい事のほうがなんて多いのだろうと思います。
忘れてしまった事は、覚えている必要がなかったことなのでしょう。
覚えていたら、自分がとても苦しくなってしまうことだったりして…。
こんなことを書いていると、それらの記憶が断片的に蘇ってきて何とも言えない気分になったり。

忘れた事がいっぱいあるなぁ。
少女の頃に何を思っていたのやら。
思い出は、思い出すと重いものなのである。


この記事は、実は投稿フォームに直打ちしています。
いつもWordで文章保存してからコピー&ペーストで更新しているのですが…。
日本語がおかしくないかどうか心配です。
Wordのいいところは文章の誤りを赤のアンダーラインで表示してくれるところ。
わざとそう書いているのに「ここの文章変ですよ!」と表示されるとちょっとムカツキますが…。

よそのWeb日記やブログで変換ミスを見つけてしまうと、困ってしまうと同時に「自分の文章は大丈夫かな?」と心配になります。
難しい言葉の使い方を誤っているならともかく、「自分自信」とか「以外と」とか、普段使いの言葉を変換ミスして見逃してUPしていたら、心底頭が悪い奴だと思われそうだ。

日本語が使えない日本人が多いことを私は憂えている。
しかし私自身日本語がそれほど上手くない。
しかも人一倍忘れっぽい。

救えない…!
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by yuzuruha_neko | 2004-08-06 23:44 | 今日のニュース・雑考
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