正義感の厄介さ
2ちゃんねるにはたまにドキッとするほど核心を突いた書き込みがある。
炎上観察サイト「炎ジョイ」管理者ブログが自ら真っ先に炎上した際、
「炎上現象の多くは正義感によって引き起こされる」という書き込みがあった。
「その正義感が正しいか間違っているかはともかく」との注釈つきで。
確かに犯罪の巣窟のように思われている2ちゃんねるの利用者は案外社会正義感が強い。
社会的に逸脱した行為、犯罪行為に対しては容赦のない罵声が飛ぶ。
私の両親などは最近の携帯サイト絡みの犯罪と2ちゃんねるを同一視しているらしく
2ちゃんねるでは犯罪予告などもすぐに通報されると言っても半信半疑だった。
犯罪助長サイトだと思っているらしい。
私見だが、大多数のにちゃんねらーは犯罪行為を忌み嫌い、正義感に溢れている。
その正義感が正しいかどうかはともかく人道にもとる行為は激しく糾弾される。
匿名掲示板という性質上、茶化しや煽りが入ったり口汚くなるのは致し方ないと思うが
非利用者が思うほど犯罪の温床でもなければ殺伐とした場所ではないと思う。
「炎ジョイ」管理者ブログが炎上したのは、炎上は好ましくない現象だと捉えられ、
いたずらに炎上を促すかのように受け取られた看板に反発が起きたからであろう。
ネット上で頻繁に炎上が起き、私のような炎上ウォッチャーがいても、
遊び半分無暗矢鱈にあちこち放火して回るのはよくないことと認識されているのだろう。
最近ではケンタッキーフライドチキンの元バイト男子高校生のmixi日記が炎上した。
さらにその男子高校生の隣の席の生徒を名乗る人物のブログが炎上した。
事実は闇の中だが飲食店の調理油でゴキブリを揚げるという非常識な行動、
さらには校則で禁止のバイト、喫煙、飲酒などが炎上の理由として挙げられる。
彼らの行動は非常識で責められるに値する行動だったと思う。
ケンタッキーの元バイト男子高校生に至っては元雇用主に多大な損害を与えたことになる。
前述の通り、にちゃんねらー含めネットユーザーは社会的正義感に溢れている。
この非常識な元男子高校生や、その隣席を名乗る人物が責められてもおかしくない。
ただ、炎上は社会的制裁の要素を多分に持ち、実際に制裁に発展しやすい。
元バイト男子高校生は実名でmixiに登録し、かなりの個人情報を不用意に晒していた。
自分で公開していた個人情報とは言え、他者がそれをばらまくのはアリなのだろうか。
自業自得、と言ってしまえばそれまでだが、個人情報をばらまくことにより
個人(の集合体)の正義感によって社会的制裁という名の私刑が行われたことになる。
果たして個人の正義感によって私刑を行ってよいものかどうか、それが疑問だ。
校則違反、未成年の飲酒・喫煙、企業への業務妨害、これらは私刑で裁くべきものなのか。
正義感からこの少年を糾弾する行為は咎められない。
しかし正義感が束になって私刑を行うという行為は果たして正しいのか。
昔ならば市中引き回しの刑という晒し者にする刑があったが今はそんな刑はない。
晒し者にすることで社会的制裁を与えるという行為の是非は…わからない。
率直に言ってわからない。
例えば少年法で未成年の犯罪者の姓名が伏せられるとか、納得が行かない。
しかし実名報道しろと思う気持ちの中に晒し者にしてやりたいという気持ちはないのか。
自分のしでかした罪の看板を一生背負って生きろという気持ちはある。
これも一種の正義感なのだと思うが、何ら生産的な発想ではない。
再犯防止とか奇麗事を言っても根底にあるものは晒し者になれ、という気持ちだ。
年齢に甘えず犯罪者という後ろ指を指されながら生きて行け、という気持ち。
自分自身そういう気持ちがあるからネット上の炎上の正義感も正しいのかどうかわからない。
正義感に突き動かされた挙句の社会的制裁の是非はわからない。
わからない…が、正義感というものも存外厄介なものであると思うのだ。



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by yuzuruha_neko | 2007-12-13 00:30 | 今日のニュース・雑考
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