違憲と言えばいいってもんじゃない
「通知表に愛国心は違憲」教諭の訴え棄却 名古屋地裁
asahi.com 2007年11月01日13時37分


愛知県津島市の市立小学校が通知表に「愛国心」を評価する項目を設けたのは、良心の自由を保障した憲法に違反し、精神的苦痛を受けたとして、市立小学校の男性教諭(42)が国と市、海部地区小中学校長会を相手取り、慰謝料10万円の支払いを求めた訴訟の判決が1日、名古屋地裁であり、田近年則裁判官は教諭の請求を棄却した。

田近裁判官は、教諭は評価項目があった02~05年度の社会科を担当していないとして「利益が侵害されたといえない」と指摘。「項目は、児童の心の内面自体を評価しようというものではない」として、違憲性もないと述べた。



通知表に「愛国心」が盛り込まれるのは正直どうなのかと思うんだが「違憲」にも違和感が…。
大体この教諭、評価項目があった02年~05年度の間、社会科を担当しないで何してたの?
「君が代」を弾きたくないとかゆってた音楽担当教諭みたいなもんで、ただの日教組組合員?
「愛国心」を持つか持たないかは個人の自由だが、勉強と同じで模範解答が出せるんとちゃう?
しかしこういう訴訟を起こす人々にとって「内心の自由」と「違憲」は錦の御旗だなぁ。
内心はどうあれ勉強はしなくちゃいけないし仕事もしなくちゃいけない、それが現実なのですよ。
あんまり「違憲」「違憲」言っていると、憲法ってそんなにお手軽なもんなのか?と思ってしまう。
いや私も通知表に「愛国心」という項目を入れるのはどうかと思うけれど、「違憲」ってほどか?
私は数学の勉強が嫌で仕方がなかったが、必須科目だったので嫌々授業を受けていつも赤点。
これは「数学を勉強したくない」という私の内心の自由を侵害していたとは言えないだろうか?

こうでもしないと愛国心って育たないもんなのか…?

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by yuzuruha_neko | 2007-11-01 19:09 | 今日のニュース・雑考
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