いくらフェミが「性の商品化」と怒り狂っても
女性の「性」には商品的価値が、男性のそれより断然あるんだなぁと思いました。
いや何、どこぞの誰かが勝手に私のメルアドを出会い系掲示板に貼り付けたんだな。
直メは限られたごく少数の人しか知らないのでフリメで助かりましたがメールがウゼェこと。
で、中身も見ずにポイポイ捨てていますがタイトルだけでなんかすごいんですよね。
「若い女を買ってやる!」という気概に満ち満ちたタイトルのメールが山ほど届きます。
どうも25歳という触れ込みで掲示板に適当な書き込みをされたらしく、もうちょいトシだよ…と。
出会い系って一体どんなところなの?と興味を持って無料の出会い系サイトを見てみましたが
ティーンエイジャーから三十路の女盛り、熟年専門までユーザー層は幅広いようですね。
どうも有料だと金持ちで年嵩の男が若い女探しに必死になっているらしいという話。
「真面目な出会いを求めています」とか「これから遊びに行こうよ~」とかならともかく、
「愛人契約月300万」なんてメールが届くと遊びなのかサクラなのか本気なのか悩んでしまう。
他にも「時間15」とか「食事のみ30」とか…(単位は多分「万」)サクラなんでしょか。
一個所だけではないようで、ともかくメールが山ほど届くので捨てるのもかなり大変です。
笑ったのは「僕の童貞買って下さい!」…一体いくつの野郎だか知りませんが、
若い子の処女はともかく童貞が売り物になる条件は相当厳しいんじゃないだろうか。
まぁ出会い系に自主的に登録している非サクラの女性がどれくらいいるのか知りませんが
どうもメールを打つ量は男のほうが圧倒的に多い感じだな、と。
サクラが大半で、出会い系に書き込むような淋しい女を転がす目的かもしれませんが…。
夜に繁華街を歩いていたりすると、「お小遣いあげるから遊ぼうよ」と近づいてくる男、
人待ちをしていると「援交待ち?」と声をかけてくるオジサン(一体いくつに見えているのか?)、
嫌悪感を覚えつつ、女の性って売り物になる(=換金できる)商品なんだなぁと思うわけです。
痴漢はそういう風に金を出さずに女を弄りたいという欲求の発露ではないかと思ったり。
「触ったくらいでなんだよォ」という逆切れは、=「金出すほどのことしてねーし」なのかも…。
たとえ大金を積まれようとも見知らぬ男に自分の性を売るつもりはありません。
混雑にまぎれて向かい合わせた女の下肢の付け根を撫で回すような輩は当然言語道断です。
痴女もいる、という話ですが、やはり性の商品価値としては女のほうが上なんだろうな。
「性の商品化」を否定したいなら、女の性の価値をなきものとしなければならない。
女の性の価値がなきものになったら困るのは誰か?…やはり女自身なのである。
女は女であるというだけで、損をすることもあるが、得することのほうが断然多い(と思う)。
仕事でバリバリ出世したい女性ならばともかく大概の女性はその恩恵に与っている(と思う)。
女は女であるだけで価値があるのだ(個人の資質によってその価値は変動するが)。
女がその価値を手放したくないと思う限り、そして男が女の性に価値を見出している限り、
「性の商品化」は決して根絶できない、男女の関係性が根本から変化しない限り。
フェミの目指す世界では男性は女性に性的魅力を見出さず、女性が男性を買うのだろうか。
女性の男性化、男性の女性化、それがフェミの目指す世界だとしたらかなり嫌だな。
出会い系掲示板から来るメールを眺めつつそんなことを考えてしまいました。
私自身はフェミが嫌うタイプの女の典型でしょうね、「男は男、女は女!」という…。
お化粧もお洒落も女だから楽しいし、女の子に生まれてよかった!と無条件に思える。
性に関しては嫌悪感を催すことも多々あるが、それは自分が女だから仕方がないと思っている。
そして「女なんかもう嫌だ!男になりたい!生まれ変わったら男になる!」とは思わない。
やはり愛する人を受け入れる立場でありたいのだ、精神的にも肉体的にも。
受け入れる肉体は時に傷つけられ理不尽な暴力によってただの入れ物扱いされたりする。
それでも愛する人を体内に入れることができるのは至福なのだ。
中野翠の「ひょんな人びと」を読み始めているが、なぜか女性の性について考えさせられる。
中野翠自身は性を語ることに抵抗がある人だし、文章も男性的な硬質さである。
しかし彼女の著書を読んでいると、ふと女性の「性」について考えさせられるのだ。




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by yuzuruha_neko | 2007-07-11 22:06 | 今日のニュース・雑考
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