戦争を考えるとき-戦争を非現実の世界・事象と思わないこと
何をもって「ミリオタ」と定義するのか知りませんが自分はミリオタじゃないと思います。
軍事に関わる専門知識は皆無に等しく、武器にも疎く、大体にして戦争の武器は嫌いです。
安全保障の強化を唱えながら相反するようですが、私は防衛用であっても武器は怖いです。
軍事の専門知識なく戦争を語る人は、大体においてアジテーターの要素が強くなります。
しかし私はアジテーターでもないような気がします、「こうしなければならない」論がないから。
「私はこう思う」を徒然書き留めているだけですが、なぜ戦争の話が多くなってしまうのか。
可能性として、母が赤い人で日教組的英才教育を受けたせいで戦争への思い入れが強い、
あるいは戦争というものがそれほど社会的日常と乖離したものではないせいかもしれない。

社会に出た人は、人権運動というものをわりあい醒めた目で見る人が多いようです。
理論立てて矛盾を突いたり人権商売のことを知らなくても、なんとなく胡散臭く思ってしまう。
普通は社会に出ると権利と権利のぶつかり合いによる摩擦を嫌でも体験する羽目になります。
人権問題とか社会問題とか矛盾とか、そういうのは大体利害の不一致から生まれます。
労働者側は正規社員で働きたい人が多いのに雇用側は正規社員を求めていなかったり、
逆に労働者側が拘束が嫌で正規社員で働きたくないのに正規社員並の待遇を要求したり…。
結婚したい女性が多いのに、昔は適齢期と言われたトシに結婚しない女性が増えたのも
結婚に踏み切れない要素が増えたり社会自体がそれを許容するキャパを持ってしまったり。
別に結婚するしないは自由だと思いますが、社会の価値観は是非が混在していますよね。
「子供の権利」という言葉が最近よく聞かれますが、授業を受けない権利もあるのでしょうか。
授業中にお喋りしたり、勝手に歩き回ったり、教師の指導を無視する権利があるのでしょうか。
あくまで個人的な私見を述べれば「子供にそのような権利はない!」と思います。
しかし世の中には「子供の人権」を尊重しようと教師の指導にさえ文句をつける親がいます。
昔は悪いことをしたら脳天にゲンコツ食らって目から火花が飛び散るとかあったと思いますが
今、もし教師がそんな指導をしたら、即刻親と「市民団体」が鬼の形相で怒鳴り込んできます。
教師が生徒に対して適正な指導を行使することは本来教師の職業上の義務なのですが、
今は「子供の権利」を主張する大人によって、適正な指導も「権利の侵害」とされたりします。
ネットカフェ難民という言葉が流行り、「人間らしい生活を!」と言いながらデモしたりしますが
人間らしい生活をしたいなら仕事を選ばず正社員を欲している会社に就職すればいいのです。
月給手取り15万あれば少なくともネットカフェで寝泊まりするような生活からは脱せます。
しかし生活の多様化の一種なのか、「こういうライフスタイルを認めろ!」というわけですね。
いや、ネットカフェでネットして読書して飲み物飲み放題で食べ物も食べているんだから、
十分人間らしいと思うのですが、「もっと生活レベルを上げたい、しかし今以上働きたくない」…。
この際是非は問いませんが、社会には様々な権利が溢れていて、衝突もままあるなぁと。

戦争というものも、国家と国家の権利の衝突、双方の利害の不一致が招くわけですね。
戦闘を伴う武力行使(=戦争)は外交上の失策であり、本来それ以前に解決すべきことが
話し合いで解決できなかったという、まぁ最後の最悪の外交手段の行使であるわけですが…。
戦争が外交上の失敗であり、最後の外交カードだということもわかっていない人もいるようで。
「いつも戦争を始めるのは権力者」「軍需産業と繋がりがあるから戦争したくて~」云々…。
戦争は目的じゃなくあくまで手段なんですよ、最後の手段で失策のツケではありますが。
国力を浪費する割には見返りの少ない、割に合わないカードです、だからすべきものじゃない。
しかしどうしても互いに譲れない権利がある時、たとえばフォークランド戦争、昔あったよね。
イギリスとアルゼンチンがフォークランド諸島という何もない島の権利をめぐって戦争しました。
その戦争の是非は私にはわかりませんが、互いに譲れない権利と主張があったのでしょう。
社会生活上では仕方なく譲歩するしかないことも、国家のメンツがかかると話は別です。
「国家のメンツなど犬に食わせてしまえ!」というわけには行かないのです…難しいですが。
権利の衝突、利害の不一致、そんなものは社会に溢れていて大概理屈では片が付きません。
戦争も同じようなもの、しかし国家を背負って立つ為政者は簡単に譲れるものではない…
そんな風に戦争を捉えて、反戦運動家とは違った見方で戦争を見ているのかもしれません。

戦争は絶対やっちゃいけないとは思うんだけれどさ…それは英才教育の賜物で強く思う。
けれども世の反戦運動家の唱える戦争反対論では、戦争というものが理解できないとも思う。
国家の権利は一度譲ってしまえばどんどんさらなる要求を突きつけられる類のものです。
国土の一部くらい…国民の数人くらい…そうやっていくうちに、国家が丸呑みされてしまうよ。
歴史を多少誤解されても仕方ない…そうやっていくうちにそれが既成事実になってしまうよ。
それが日本の弱みになり外交上のカードが相手にばかり増えて日本が切れるカードが減るよ。
外交上切れるカードが減るということはそれだけ選択肢が減るということ…わかりますよね?
譲っちゃえばいいじゃん、受け入れちゃえばいいじゃん、はその場しのぎで後々困ると思う。


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by yuzuruha_neko | 2007-07-09 21:03 | 今日のニュース・雑考
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