嘘を嘘と見抜けない人は…
2ちゃんねるの話ではないです。
第二次大戦末期の沖縄集団自決が軍部の強制であったか否か議論されているようです。
軍部の強制であったと習った記憶はありませんが、「生きて虜囚の辱めを受けず」…
「鬼畜米英」とともに、この言葉に洗脳された国民が次々と自決して行ったと私は教わりました。
米軍の捕虜になれば男は殺され女は犯される、だから虜囚の辱めを受けず自害しろ、と。
実は米軍の捕虜の扱いは非常に丁重なもので、辱めを受けるようなことはなかったんだよと。
旧日本軍の蛮行とセットで教わるので、どうしても旧日本軍の野蛮さに比べて米軍は紳士的、
という風に刷り込まれてしまうのですが、本当に米軍は捕虜に対して紳士的だったのかな?と。
近年の歴史教育ではどうしたって旧日本軍は残虐非道な恐ろしい悪鬼のように教わるので
比較して米軍の兵士は紳士的で優しく捕虜に対しても自愛の心をもって接したと思ってしまう。
日本が敗戦したのち、日本に進駐した米軍も、“例外を除き”紳士的であったと教わりました。
しかし特殊慰安施設協会の存在を知り、設立の背景を知り、それは誤った認識ではないかと。
米軍が鬼畜だったと言いたいわけではなく、軍隊なんてどこも大差ないんじゃないかと。
旧日本軍はむしろ特別礼儀正しく、“例外を除き”進軍先でも概ね紳士的だったのではないかと。
進軍先で現地の女を手当たり次第犯したりしないで、慰安所に整列して順番を待っていたり。
「鬼畜米英」はともかく「生きて虜囚の辱めを受けず」は本当に軍部の洗脳、出鱈目だったのか。
確かに今の感覚で思えば「死んだら終わりだが生きていれば可能性がある」と言えますが。
60年以上前の人権感覚と現代の人権感覚は違うでしょう、日本でも、当然欧米でも。
ホントに「生きて虜囚の辱めを受けず」は大嘘だったのかな~?自分騙されていないかな~?
…と、沖縄集団自決の論争を眺めていてそんなことを思ったりしました。
まぁ、軍人が手榴弾を渡したところで住民が自ら自決を選んだ時点で強制じゃないけれど。
「その時はそうしなきゃいけないと思っていたけれど、今はそう思わないから強制だ!」って変。
今裁判を起こしたりしている人たちは当時子供で死にたくなかったのかもしれないけれど、
当時の大人たちがそう思って自決を選んだのなら、責めるべきは惨いがその大人なんだな。
家族や自分が死ぬのが嫌だったのに手榴弾で自決を敢行したのはその大人たちなんだから。
民間人が武器を持っていないのは当たり前で、自決のための武器を渡したのが軍人でも
その武器を使って自決を選んだのは当時の沖縄の人たちでさ、軍部の強制じゃないんですよ。
悲劇だとは思いますが、「生きて虜囚の辱めを受けず」と死を選んだのは自発的行為です。
…で、「虜囚の辱め」って実際どんなものだったんでしょうねぇ?


【KAMIKAZE】Tシャツ:白





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by yuzuruha_neko | 2007-06-05 21:57 | 今日のニュース・雑考
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