法廷は死刑議論の場ではない
死刑制度の是非はともかく、そうした議論はきちんと場を設けるべきではないか。
少なくとも現在殺人罪で裁判進行中の法廷の場で主張するべきことではないだろう。
光市母子殺害事件で罪を問われている被告の弁護団の主張は、到底真面目とは思えない。
泣き止まそうとして紐で首を蝶々結びにした、母に甘えるような気持ちで抱きついた、
首を強く抑えたら死んでしまった、死んでしまったので蘇生の儀式のために性交した…
残されたご遺族の本村さんは、その弁護に「失笑するしかなかった」と語ったそうである。
驚いたことに21人もの弁護士が被告の弁護につき、こんな正気とは思えない主張をしている。
これは最早、死刑廃止論のパフォーマンスであるとしか周りからは見られないだろう。
私は現状死刑制度があるのに死刑判決を下された人が死刑執行されないのはおかしいと思う。
執行されないのであれば、死刑判決など形式だけのものということになってしまうではないか。
裁判所の判決による刑罰が形式的なものでしかないのなら、裁判所など要らない。
死刑制度に積極的に賛成するわけではないが、現行法で死刑という刑罰が存在するのだから
死刑判決を受けた犯罪者は、司法の裁きに従い死刑によって罪を償うべきと考えている。
しかし、死刑制度自体の是非は論じていいと思うが、法廷で主張するなと言いたい。
愛する妻を犯され死に至らしめられ、幼い我が子の命まで奪われた本村さん、
ある日突然非道な犯罪者によって、幸せな家庭が、本村さんひとりを残して奪われた。
本村さんにしてみれば死刑を求刑したいだろうし、その気持ちを否定することは出来ない。
死刑によって罪を償わせたところで愛する妻と娘は帰ってこない、それでも最も重い刑を求める。
当事者ではなくとも人情としてはわかる話だし、日本にも終身刑があればいいのにと思う。
21人の弁護士団は、死刑廃止パフォーマンスのためにその本村さんの気持ちを踏み躙った。
どんな極悪非道な犯罪者であれ弁護士によって法廷で争う権利が認められている。
だがしかし、この21人の弁護士団は、被告の無罪を勝ち取るという弁護士の使命ではなく
死刑廃止論のパフォーマンスのために、この惨い事件を利用したとしか思えないのだ。
とても正気の弁護とは思えない弁護を聞いた本村さんの心中は如何様なものか-。
死刑廃止キャンペーンは、やりたいなら大々的にやって頂いても別に構わない。
死刑制度自体に疑問を持つ人が少なからずいるのだから、大いに国民的議論をしてもいい。
しかし実際に妻と幼い娘を殺害された遺族がいる法廷でキャンペーンを張るなと言いたい。
死刑制度の是非と、現在係争中の事件に弁護士が己の思想信条を持ち込むことは別である。
このような正気とは思えないふざけた弁護によって被告の罪が軽くなるとは思えない。
被告側の弁護についた弁護士は、被告の罪を軽くするために己が使命を果たせばよい。
だが死刑制度自体の是非を論じる場は、現在係争中の法廷であってはならない。
法廷は現行法に沿って被告の罪を審議する場であり、現行法の是非を問う場ではない。

詳細:呆れ果てる主張だらけだな…赤い血が通っているのかどうかすら疑わしい。


【皮肉ってわかってるか?】トートバッグ橙








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by yuzuruha_neko | 2007-05-26 19:20 | 今日のニュース・雑考
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