あの頃の私
12年くらい前と言えば中学生か。

政治家なんてみんな無能で裏で汚いことやっているに決まっているじゃん、と
大人社会の聞きかじりを鵜呑みにして斜に構えることが頭いい、カッコイイと思っていた。
ついでに言えば、実家ではずっと朝日新聞と赤旗日曜版を取っていたため、
新聞を読むことで社会事情を知った気になっていたのも今となってはイタすぎる思い出。
所謂「中二病」「厨房」ってやつだったんじゃないかと思う、実際リア厨だったが。
なんとなく社会や政治を批判することが頭いい、かっこいいと思っていた、青臭すぎる時代。
今でも十分に人間として未成熟な私はちゃんとした大人になったとは言えないけれど、
あのリア厨時代を振り返って「バカだった」と反省できるようになってよかった。

当時購読していたLaLaに樹なつみさんが阪神淡路大震災のレポートを寄せていた。
村山富市(当時)総理を指して「無能な政治家」とこき下ろしていたと記憶している。
政治家なんてみんな無能だと思っていた中二病の私には当然その真意がわからなかった。
村山元総理の状況把握が遅れて、待機していた自衛隊への出動要請が遅れたこと、
結果として大災害にも関わらず本格的な救助活動開始までに9時間ものロスが生じたこと、
米軍の救助支援活動の申し出を断ったこと、山口組が炊き出しを行ったこと、
筑紫哲也が「温泉街のようだ」と言ったこと、辻元清美がピースボートのビラ撒きをしたこと
などなどすべて後になってネットで知り得たことで、当時の私は何も知らなかった。

社民党の阿部知子議員の発言から阿部議員の秘書のブログが炎上焼失した。
発火した記事に寄せられた1000のコメントを読みながら、あの頃の私の無知を恥じ入った。
からかいや面白半分ではない炎上、悲痛な怒号、怨念、怨嗟の書き込みを目にして
ただ、胸が締め付けられるような悲しさに襲われた。
私は何も知らなかった、あの震災で被災され、肉親を失った方々の苦しみや悲しみを。
肉親、友人、近所の人々、助ける術もなく「ごめんな」と言いながら避難するしかなかった悔恨。
瓦礫の下敷きになった肉親を置いて避難せざるを得なかった人々の胸の苦しみを。
運良く掘り出されても衰弱死した人が多かったようだ…が、9時間のロスがなければ、
6000人以上の死者のうち、何割かはわからないけれど、助かった命もあったに違いない。
待機していた自衛隊員も、歯痒くもどかしい思いで早く現場に急行したかっただろう。
国民の命を救うことが自衛隊の仕事であるのに、出動要請が来なければ出動は出来ない。
シビリアンコントロールの原則に基き、自衛隊の独断決定・行動は許されていない。
救えたかもしれない命、被災者にとっても自衛隊員にとっても9時間のロスは大きかっただろう。
決して村山元総理ひとりの責任ではない…が、最高責任者であったことは事実だ。

物事を弁えていないという点で、阿部知子議員と私にどれだけの差があるのだろう。
物を知らないということは言い訳にならない、物を知らないということは時として罪である。
リア厨のまま何も知らなかった私には、阿部知子議員の発言を批判する資格はない。

以前、兵庫県出身の年下の女の子が震災で友達を亡くしたと言った。
多くは語らなかったが、幼くして住む町が壊滅して、友人を亡くしたという重い事実に
私は何も言えなかった、言うべき言葉が何ひとつ見つからなかった。
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by yuzuruha_neko | 2007-01-22 19:59 | 今日のニュース・雑考
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