いじめについてあれこれ語る人々
「死ぬ気でかかれ!」と「ぶっ殺せ!」は全然違う意味だ。
前者は意気込みの問題であり、後者は字面どおり犯罪教唆である。
「いじめっ子を殺しても少年法が守ってくれる!」と言うオヤジはなんか変だぞ。
いじめっ子を少年法が守っているんじゃねぇの?現状。
だって普通自殺まで人を追い詰めたら多少なりとも社会的制裁は受けるはず。
いじめっ子が社会的制裁を免れているのは、少年法の存在が大きいと思うが。
教師を盾にして、子供という立場を最大限利用して保身を図る性根の腐った奴ら。
そんな奴らを少年法で守ってやる必要はないと思うがな。
いじめについて語る資格はないと言ったが、どうも「戦え」とかその手合いの言葉を
「じゃあ相手を半殺しにしてもいいんだな?」と捻くれて解釈する奴が多すぎないか?
あのな、いじめっ子をぶん殴るときの極意はインパクトなんだよ。
無抵抗だと思っていた相手から思わぬ反撃を食らうという点で。
その際は思い切ってぶん殴らなきゃダメだし、手加減は無用。
もし前歯が欠けたり頬骨にひびが入ったり鼻の骨が折れたりしても「事故」だ。
教師に事情を聞かれたら、切々といじめによって鬱積した精神的苦痛を訴えて、
ついでに隠蔽したらマスコミにタレこむとでも言えばいい。
大事なことはビビらないこと、冷静でいることだ。
人を殴るっつーのは怖いことなので殴ったあとしばらく身体が震えるだろうが
倒れ伏しているいじめっ子を見下ろし余裕の笑みを浮かべるくらいの演技をしろ。
それくらいの度胸がなけりゃ逆に報復されるからやめとけと言っておくが。
ま、要するに「死ぬ気でかかれ」とか「戦え」っつーのはそういう意味。
何も正当防衛の範疇を逸脱して相手を半殺しにしろという意味ではない。
なんで石原閣下や上田知事が叩かれるのか私にゃさっぱりワカラン。
要は「いじめに立ち向かえ」と言う人間を叩きたいだけなんだよな、曲解野郎は。
いじめられっ子はそんなことができる精神状態じゃないとかいろいろ言ってさぁ。
自分が出来なかったから「簡単に言うな!」って私憤じゃねぇの?
それを「時代が違う」とか言い換えてさ、チキンだって言われたのが悔しいのよね。
私は石原都知事や上田県知事の発言は「その通りだGJ!」と思うが
「いじめっ子を殺してもいい」という評論家のオッサンの発言は頂けないな。
今時のガキは加減を知らないからマジで殺るバカがいてもおかしくない。
いじめの報復くらいで人生棒に振るか?百歩譲って少年法が守ってくれたとしても
もうその地域には住んでいられないだろうし、人の口に戸は立てられんと言うよなぁ。
親族共々巻き込んで報復するほど人生において価値ある行為か?ソレ。
いじめ議論を見ていると冷静じゃない奴が多いなーと思う。
思春期におけるいじめはトラウマを残す、ということなんだろうか。
私は渾身の右ストレート一発で男子生徒を黙らせたのでそんなのないが。
人を殴る怖さを身をもって知ったことはよかったと思っている。
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by yuzuruha_neko | 2006-11-27 00:49 | 今日のニュース・雑考
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