【フェミニスト】私たちはみな被虐者
ミクシィではフェミニズム系のコミュニティにも結構参加している私です。
基本的に、過激なジェンダーフリー推進運動や男女共同参画には反対の立場ですが。
フェミニズムやジェンダーフリーに関してはアンチと言って差し支えない立場でしょう。
従来の枠組みを壊すことが即ち家族の解体、国家の解体に繋がるのであれば当然反対。
また男女の平等を「機会の平等」ではなく「結果の平等」としたい人の論にも反対。
女性の社会進出や、人生の選択肢の多様化には別段反対しません。
しかし男性には男性の、女性には女性の特性があり、男女の完全な同一化は無理です。
男女同室での更衣や、男女混合名簿は同一化運動の一環と見なして反対に一票。
低学年の頃から性器の名称を教えたり互いの性器を見せ合ったりという過激な性教育も、
健全な羞恥心の芽を摘み、無責任なセックスの低年齢化を招く恐れがあるため反対。
セックスを神聖化する必要はありませんが、少なくとも個々のリスクマネジメントは必要です。
セックスは愛し合う二人が行う行為であり、誰とでもするような行為ではありません。
日本を、お手軽に道行く人々とセックスしていい国にしたいですか? 私は嫌です。

かように保守的であることを前提としまして、しかし行き過ぎた純潔教育にも反対。
婚前交渉は絶対に認めない、傷物の女との結婚は許さない、これでは不便が多すぎる。
また、セクシャルマイノリティにも自分の人生を自分らしく生きる権利があるはずです。
「三歳神話」にも私は懐疑的ですね(保育園児は健全に育たないなんて言われたら怒るさ)。
根は結構「なんでもあり」「人生ひとそれぞれ」なので、他人の人生に口出しはしたくない。
社会が順風に動き、安定していることが、私の望む最良の社会的ビジョンなので…。
個々の生き方については「他人に迷惑をかけない範囲ならまぁ自由じゃない?」と。


さてフェミニズムの大前提は「女性が(男)社会に抑圧されている」ということ。
この前提からして私には同意しにくいと言うか懐疑的と言うかぶっちゃけ同意できない。
例えば露出部分の多い服装の際に、通りすがる男性からジロジロ見られる、これは抑圧か?
確かにジロジロ見られたら嫌なんだけれども、「しまったなー」と私なら内心頭をかく。
「見る男が悪いのだ!女性には服装の自由がある!」という風には思わない。
いや、服装は自由だけれどさ、扇情的な格好をして「見る男が悪い!」とは言えないじゃない。
TPOや微妙なシチュエーション、アングルによって扇情的になっちゃたりするし…。
自分の身を危険に晒すような格好は、自由との兼ね合いで調節したほうがいいでしょう。
キャミソールだったら上に羽織り物を、くらいは一応社会常識じゃないかな。
どっちが悪いとか白黒はっきりさせずになぁなぁで社会が回っている部分が大きいのだから、
なぁなぁで調節していける部分をヒステリックに「女性差別だ!」と喚くのもなんだか。
旧態依然の男社会VS先進的な女性たち、という対立構図はギスギスするだけだと思う。
彼ら基準で「先進的じゃない女」は男社会に従属する愚かな女、と見なされてしまうし。


近年顕在化したDV問題を、フェミニズムの専売特許とするのもどうだろうか。
私は幸いにも両親に愛されて育ったのでDVの地獄を知らないし語りようがないのだが、
フェミニストを自称する人が一様に自分はDVサバイバーであると言い募る現場は不気味だ。
しかも自分たちに対する反論を封じ込めるためにそう言っているように傍から見える。

<不幸で可哀想な者が正しいとは限らない>

幸せな人やお金持ちの人、強い人は、痛みを知らないから平気で他者を傷つける。
本当にそうですか? 大体、幸せか、強いか、なんてどういう物差しで計るのですか?
強がる人が弱かったり、弱者の仮面を被って同情を買う人だって世の中にはいるでしょう。
なのに、不幸で可哀想であることを自己正当化の手段に使う神経がぶっ壊れている。

私たちは悪くない!なぜならばこんなに虐げられているのだから。
ん~~、そういう人には悪いけれど、全然同情できないし、軽蔑すらします。
抑圧があること自体が悪だという捉え方にそもそも同意できませんし。
人を殺したいとか犯したいとかいう衝動を抑圧(抑制)できない人は逮捕されます。
社会通念という抑圧は、安定した社会を維持するために必要なものです。
安定した社会を脅かす「抑圧からの解放」には到底賛同できません。

家族~国家に至る共同体の破壊、その手段としての「自分は被虐者」アピール、
そういう手段を使う人たちがいるから、被虐者に対して世間は冷たいのではないだろうか。
また自分が被虐されたと言わずとも、マイノリティや被虐者を立てて自説の正当化を計る。
そういう欺瞞に対して世間はそう簡単に騙されてくれないし、警戒もするからさ…
結果的に「人権」なんて言葉は胡散臭く思われ敬遠されるようになるわけですよ。


自分が上手く社会で生きていけないことを「社会体制が悪い」と断じてしまう。
社会体制なんて曖昧な概念だから、結局どんな社会が望ましいのかというビジョンがない。
新しい社会体制についてビジョンがないまま自分が馴染めない今の社会の悪口を言うだけ。
破壊の後に創造したい社会像がまったく現実的ではないし、ゆえに賛同も得られない。
それが今のフェミニズムの姿なのではないかと思いますが、フェミに限った話じゃないかも。
フェミニズムなんて結局成熟した社会の贅沢病なんじゃないかと思う。
貧しくて、老若男女問わず働かなければ生きていけない社会ではほぼ男女同権なのに、
フェミニストは先進国だけを取り上げそういう国や社会をモデル社会として決して打ち出さない。
要は「もっと権利を寄越せ!あくせく働かずとも贅沢したい!」というのが本音なのだろう。
また日本の女性が社会的弱者であるか否かを文化の違う他国と比べて断じられるだろうか。
日本の「亭主関白」に憧れる外国人男性も多いという話を反ジェンフリコミュで聞いたが
実際には亭主の顔を立てつつ上手く亭主を回す女房のほうが多いのではないだろうか。
「女性が家庭を預かり家に篭っている=女性が弱い」とは一概に言えない。
亭主元気で留守がいい、という日本の気風を無視して欧米と同列に語るのは無理がある。

まぁ、日本にフェミニズムが浸透しない一番の原因は、田嶋陽子や辻元清美など、
フェミニストの広告塔的人物を見てフェミニストに憧れる女性が少ないからでしょう…。
上野千鶴子も熱心に著書などを読まない層からすれば「微妙~」ってところですし。


最近ちょっと興味を惹かれ、メンズリブのコミュニティに参加してみました。
女性への抑圧ではなく、男性への抑圧を男性視点で語る、という主旨が面白そうで。
でもそのまま現状の女性主体のフェミニズムの裏返しになってしまうのだろうか…。
ま、でもフェミナチおばさんはいないので、しばらく居座って抑圧される男性心理を勉強しよう。
私は結構「男の人は気の毒だ」と思う部分もあるのですが、フェミは女性が被害者だからねぇ。
女性が被害者じゃないと成り立たないので無理やり女性を被害者に仕立て上げている感じ。
DVなんかは「家庭内弱者への暴力」であって「女性への暴力」じゃないと思います。
女性が被害に遭うことが多いと思いますが、それよりも子供じゃないかなぁ…。
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by yuzuruha_neko | 2006-07-02 23:58 | 今日のニュース・雑考
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