「個」と「社会」
体調を崩したせいで、気が弱くなっているのでしょうか。
ちょっとした人の情けにホロリと涙腺が緩んでしまいます。
ミクシィでも沢山の方に心配して頂いて、なんでこんな私に…とホロリ。
「人は決して独りでは生きて行けない」ということは心得ているつもりでも
常日頃、「自分の力で生きて行くこと」に頑張っちゃっていると
周りでそっと見守っていてくれている人々の“力”を見失ってしまいます。
究極的には、自分が生きようとしなければ人は生きられませんが
<社会>において、人は誰とも交わらず独りでは、決して生きて行けない。
誰かと関わりあうことで、この<社会>の中で自分として生きて行ける。
「私」という人間は、<社会>と関わることで、「私」でいられる。
完全に他者との関係を断絶してしまえば、私の自意識は多分保てない。
そんなことを再認識する機会も時には必要なんじゃないかと思いました。
いや、病み上がりの戯言と流して頂いて結構ですが。

これって「個性」とかにも応用して言えることですよね。
<社会の常識>という規範があるからこそ個性も発揮できる。
第三者という“鏡”があってこそ、はじめて「個性」は意味を持ちます。
他者への配慮がない「個性」など、ただのワガママではないでしょうか。
自己中心的な反社会的行為を「個性」などとは到底呼べません。
誰一人として、自分と同じ細胞を持つ人間などこの世に存在しないのですから、
本来、誰でも「個性的要素」を持っていて当然、という前提でいいのです。
ですから「個性を伸ばそう」という個性偏重教育は変なんですね。
「社会性を身につけよう」を学校教育の目標にするべきです。

しかし、社会性はともかく協調性は身につかなかった私…。
日本人なのに、この自己主張の強さは… これが個性?
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by yuzuruha_neko | 2006-03-13 20:37 | 今日のニュース・雑考
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