弱者救済方法論 ―2つの方法論―
弱者救済の方法論として、左翼型は出る杭を打つ、右翼型は底上げ、という点が大きな違い。
左翼型は強いものを徹底的に叩く傾向が強く、富裕層を許さない傾向が多々見受けられる。
これは実は根本的な、社会構造的な弱者救済方法として成立しにくい。
底辺部分を上げて、富裕層を増やしたほうが根本的、社会構造的な弱者救済が成立しやすい。

簡単に図で表すと以下のような構図になります。

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左の図1が左翼型、右の図2が右翼型(絵が下手ですみません)。
世の中には絶対的強者も絶対的弱者もいなくて、強者と弱者は常に相対的な関係にあります。
横線で真ん中を表しましたが、どちらの図においても50/50で強者と弱者は存在します。
しかしどちらの方法が社会構造的な弱者救済方法として優れているか、
多分この下手な絵でも伝わるのではないかと思います。

※注釈…バーの上下軸は単純に経済力をイメージしました。

左翼型の悪い点は、上の締め付けを厳しくすることによって向上心の芽を摘んでしまうこと、
どうせ頑張ったって生活が楽にならないのなら頑張らなくなってしまうのが人情というものです。
上のほうに位置する人もやる気を失くす、意欲や士気の低下によって社会全体が停滞していく。
また弱者が弱者であることから抜け出す方法も援助がメインではより強者に負担がかかるだけ。
結果的に社会的弱者を増やして行くことに繋がる、これが左翼型の一番の問題点です。

頑張ることによって成果を出すことに喜びを見出せれば、人は自然と努力するようになります。
下のほうに位置する人に、ただお金をあげて生活の面倒をまるまる見てあげるだけで、
その人は弱者的立場から抜け出せるでしょうか? 否、その人は何もできないままの人です。

援助をしつつ、その人に出来ること、勉強や仕事の仕方を教えて、自活能力を身につけさせる。
自分に何かができると少しずつでも実感して行くことによって、その人は自信もつけられます。
頑張った分だけ成果が出れば、人々は活気付いて社会全体が豊かになって行きます。
社会的弱者をできるだけ減らして豊かさをシェアする、これが右翼型の弱者救済の方法論です。

なんでこれを「右翼型」と言うのか、実は私にもよくわかりません。
左翼・プロ市民は弱者が好きで、弱者を飯の種にしていますが、実際には強者を叩きたいだけ、
社会的弱者の救済方法として、左翼の論法は弱者をより増やすだけ、という構造的欠陥がある。
それに対して図2の底上げ型を右翼型と呼ぶんじゃないかと推察しますが。

まあ、社会全体が豊かになったら自分は取り残されてしまうのではないか、という不安や
わざわざ努力しないでそこそこ生活できるならいいや、どうせ頑張ったってタカが知れているし…
という無気力感も(不景気ですし)世の中には蔓延しているんじゃないかと思います。
だったら豊かな人や強い人の悪口を言ったり引き摺り下ろすほうがいいんじゃないか、とか。
人情として理解はできるんですが、でもそんなことをしたって景気が上向くわけでなし、
むしろヤル気ある人まで妬まれ僻まれ無気力になったら社会を支える人が余計に減って
どんどん社会は停滞して行き、そのしわ寄せは本当に自活できない弱い人にやってきます。
例えば独居老人、障害者、孤児、病人、身寄りのない人…などなど。

いつか、もしかしたら自分がそうなったら…と思うと、私は右翼型を支持したいです。
誰でも運命の悪戯で社会から落ちこぼれる可能性は持っている。
だから、底辺部分のレベルを少しでも上げておいたほうがいいと思うのです。
それに、頑張れるうちに頑張っておかないと、いざ頑張れなくなった時につらいよ~多分。

正直あんまり自信がないので、この方法論(右翼型)が絶対に正しいとは言い切れません。
ただ、そういう方法論もあるということを拙文にてご紹介させて頂きました。
読んでくださった方々が各々ご一考くださればと思います。

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◇続編◇

経済格差だけではない格差
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by yuzuruha_neko | 2006-01-14 21:58 | 今日のニュース・雑考
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