行く川の流れのように
あやまちは繰り返しません。

まあ、気持ちはわかりますよ。
私だって同じあやまちは繰り返したくない。
好き好んで痛い目に遇いたがるような物好き・変態じゃないですから。
この場合、繰り返さないとは、学習能力の向上を指すのでしょうね。

しかし、人はあやまちを起こすもの。
あやまちによって人は進化してきたとも言える。
あやまちがない安穏とした世界では、人はここまで進化しなかった惧れもあります。
いまだにトカゲの姿で原始林を這いずっていたかもしれません。
偶発的に、あるいはより環境に適応するために進んで、生き物は進化と進歩を続けました。
地球がもっと生命に寛大だったら生き物は形を変える必要もなかったはずです。
そして人の世界の産業・文化の発展は、偉大なあやまちの連鎖と置き換えてもいい。
(この中に信仰も入れていいかもしれませんね)
目覚ましい発展の陰には多くの喪失があったのです。
数々のあやまちを踏み越えて、我々人類はこんにちまで生きながらえてきました。
ダイナマイトもウラニウムも進歩へのあくなき探究心と向上心によって生まれました。
どのような使い方をされるのか、それは使う人次第なので科学者に罪はありますまい。
しかし、人の叡智が大きなあやまちの種を生み落としたのです。
そして、一度生み落とされたあやまちの撤収は不可能です。

この場合、繰り返さないためには先祖帰りしなければいけない。
時間軸を巻き戻すしかない。
どう頑張ったって、人の欲望に蓋はできません。
人には知恵があり、向上心がある。

あやまちを繰り返さない。
否、あやまちとは次々と生まれるもの。
あやまちのない世界など、淀んだドブ川にも等しい。
いかにしてあやまちと戦うのか。
受け入れるのか。
赦すのか。

大きすぎる命題ですなぁ。

青春のあやまちや男女のあやまちは人生の肥やしですけれどね。
あのあやまちがなければ今の私はいなかった、とか。
あのあやまちで人生が変わってしまった、とか。

人類のあやまちが多くの命を奪った。
大きすぎるあやまち、人種差別による人体実験。
こんなあやまちは繰り返したくないですね。
犠牲者の方々に追悼の意を表します。
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by yuzuruha_neko | 2005-08-09 23:59 | 今日のニュース・雑考
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