差別的表現…(漫画の話)
久しぶりにイブニングを買った。
「ヤミの乱破」の単行本1巻がもう出ていたのかー。
「ギャラリーフェイク」は長くなりすぎ、「ダブル・フェイス」もいつの間にか6巻まで出てしまい、今さら集める根気もお金もねぇ~という事で、「ヤミの乱破」は1巻からきちんと買い揃えようと心に誓った細野不二彦敬愛ファンです。
さらっとラフに描かれた(ように見える)絵が美しいですよね~!
ストイックな色気と独特の美学が漂う絵柄にメロメロ。
戦後のヤミ市の時代という舞台設定も非常に私好みです。
桐さんがカッコイイからとかそんなミーハーな理由だけでは…決して…。

ところで連載ページの冒頭に掲載されていたこんな文章に「?」。

※この作品は太平洋戦争から数年たった昭和時代が舞台となっています。作品中に、現在では差別的とされる表現もありますが、時代背景を考え、あえて使用しています。作者及び、編集部には差別を助長する意図は全くありません。

差別的表現と言ったら、私は各社から出版されている乱歩の文庫などのほうがよほど発禁モノのすごい差別的表現・放送禁止用語の羅列だと思うのですが…。
「か○わ」とか「め○ら」とかすごいですよ。
今回掲載分だけでは「パンパン」「赤化兵士」あたりがヤヴァイのか?
赤化兵士ってそもそも何なのか…漫画を見ると旧ソビエト戦士の事?
単行本を買って、他にも何が差別的表現なのかじっくり探してみよう。

昔の映画などがテレビで放映される場合、放送禁止用語の部分には「ピー」というかき消し音が被せられているそうですね。
有名どころでは勝新太郎の「座頭市物語」とか(そもそも放映されないという話)、B級ドラマの再放送では「トルコ」という看板文字にモザイクがかかっているとか…トルコという科白自体も「ピー」でかき消されているとか。
トルコは確かにトルコ共和国にとっては国辱的造語だから妥当だとして(?)、文学・芸術の世界で当時の言葉が殺されてしまうと「それならでは」のパンチや毒味が消されてしまい、つまらない作品になってしまう事もあり得るのではないかと思います。
この当時の人はそんな物言いをしていたのね、と知る事も時には必要ではないのかな。
「身体障害者」「視覚障害者」と置き換えても見る人のイメージはあまり変わらないのでは?
認識として「欠陥者」が「気の毒な人」に変わるだけなら、「欠陥者」と思う人も「気の毒な人」と思う人も、該当する人達を差別視している事には変わりないですよね。
表現を改める事によって、前向きな方向に変えられる認識も確かにあるでしょうけれど…。

で、「ヤミの乱破」に関しては、実際に抗議があったとかそういう背景があったわけでなくても出版社、及び編集部側が配慮したというところではないかと思えます。
作者も編集部も差別を助長したいという思いなどさらさらないでしょう。
その当時の世相を作中で忠実に反映したい、という表現者としての苦悩が垣間見えます。
いやいや差別問題は難しい。
「ヤミの乱破」でカーチス・ルメイを初めて知った私はアホかもしれませんが、今現在「犬」として生きる(何だか変な想像を抱いてしまう表現だわ)桐の心情が、これからどのように変化して行くのか楽しみです。
今とても期待しているコミック。
単行本第1巻の隠れ表紙も当時のいかがわしさを味わえるみたいです。
当時のカストリ本ってこういう雰囲気だったんだろうか。
買うのが楽しみ~♪
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by yuzuruha_neko | 2005-04-12 21:58 | 読書・漫画・TV
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