反核運動にまつわる思い出 ~昔の事~
私が小学生になって、いわゆる「鍵っ子」というものになってから(それまでは保育園が閉園した後さらに別のお宅で身柄を預かってもらって、母が会社から戻ってきて迎えに来てくれるのを待っていました)、両親の不在中に様々な人々が訪問してきて、私はその都度いろいろな人達に対応をしてきました。
さすがに訪問販売や悪徳商法の類は小学生が相手では話にならないので、両親の不在中に変な契約しちゃった!なんて事はなかった。
ドアの鍵は常に内側から施錠して、インターホンで用件を聞き、覗き穴(アレの正式名称って何だ)から訪問者の風体をチェックして、怖そうな人・危なそうな人だったらチェーンをかけたままドアを開く…これは都会の常識です。
田舎に行くと、施錠もせず訪問者が引き戸をいきなりガラガラと開けて「ごめんくださーい」とやる事にビックリしたけれど、田舎町ではそもそも町の中に余所者がいる事自体が不審に思われて「どちらのお子さん?」と聞かれたりするので、町自体がひとつの家のようなものだという事は後々学びました。
施錠する場所が違うんだよね。一戸単位じゃなくてムラ単位。
田舎の人が都会に出てくると「東京の人は冷たい」と本当に言ったりするんだけれど、田舎だって余所者には冷たいだろう。
東京の他人同士よりも冷たいぞ、田舎の人の余所者に対する態度は。
よくわかんないけれど「東京に行きたい!東京で夢を叶えるの!」なんていうアンタらお上りさんがUターンしてくれたらもっと売り手市場になるんだから、都会が嫌なら是非帰ってくださいな。

家を不法侵入者から守り、集金や宅配便の人との交流の場でもある玄関口。
幼い頃に住んでいたアパートでは私がその主な守役だったわけですね。
そんな意識もなく、よく一度も不祥事を起こさずに済んだものです。
集金や宅配便、郵便局の人以外の来訪者もいました。
ある時「署名をお願いしたいんですが」という近隣に住んでいると思しきおばさんが来ました。
何という事のない普通の善良そうなおばさんだったので、私はドアを開けて対応しました。
そして署名の意味は一応知っていたので「何の署名ですか?」と尋ねました。
おばさんは「ハンカク運動の署名です」と答えました。
? ハンカク??
「それは何ですか?」と聞くと、「核兵器をなくそうという運動です」とおばさんは答えました。
兵器と聞いて私は「反戦運動ですか?」と聞きました。
おばさんは少し口ごもり、「いいえ、核兵器に反対する運動です」と言いました。
私は少し考え込みました。反戦ならわかるけれどハンカクって何だろう…。
「反戦じゃないんですか?」と聞いても「いえ、ハンカクです…」という答えしか返ってこない。
兵器をなくそうという運動をしているからにはいい人のはずです。
協力したほうがいいのだろうけれど、何分ハンカクの意味がわからないのに署名をする事は躊躇われました。
「ちょっと待ってください」と私は言い置き母に電話して(仕事中に迷惑な娘である)「お母さん、ハンカク運動の署名してくださいっていう人が来ているんだけれどハンカクって何?署名したほうがいいの?」と聞くと、「別にしなくてもいいのよ」と言われたので少しホッとしておばさんのもとへ戻り、「ごめんなさい、よくわからないのでできません」と答えたら、おばさんはガッカリしたように帰って行きました。
もう少し学年が上がると、社会科の授業で、日本が昔アジア各地で戦争をしていた事、アメリカ軍による度重なる空襲によって日本全土がほぼ焦土にされた事、日本政府が終戦条約を受け入れる決定打となったものが広島と長崎に落とされた2個の核爆弾であった事、それは原子力爆弾という非常に恐ろしい兵器でたくさんの人が一瞬にして死んでしまい、生き残った人達も後遺症で長く苦しんでいる事、それよりもさらに破壊力がある水素爆弾も作られた(が実戦では使用されていない)事、戦争が終わった後も太平洋で度々行われていた核実験のせいで、日本の漁船に乗っていた人達が被爆した事などを知り、やっといつかウチにきたおばさんが言っていたハンカク=反核運動というものがどういった趣旨の運動なのか理解できました。
「そんな恐ろしい兵器をなくそうという運動なら署名してあげればよかった…」と思う一方、「でも戦争があったから核爆弾は使われた。だったらそもそも戦争に反対して戦争を起こさないようにすれば核爆弾も使われないはずなんだから、反戦でもよかったのにどうして核爆弾に限定していたんだろう?」という疑問も持ちました。
大体小学生のおチビが相手でも「カク爆弾という普通の爆弾よりも数万倍の威力がある恐ろしい兵器があって、それが昔の戦争で使われた時にたくさんの人が死んだんです。そんな恐ろしい兵器をこの世からなくしたいと思って運動をしています」とでも言ってくれれば少しは趣旨を理解できたのに。
小さな子供には理解できないと判断したのかもしれませんが(その割には署名させようとしていたね)、そのおばさんが「いいえ、核兵器に反対する運動です」と言った時の妙に口ごもった奥歯に物が挟まったような歯切れの悪さがずっと引っ掛かって忘れられずにいました。
そのように反核運動の趣旨を理解した当時、私はまだ憲法第9条は軍国主義国家だった日本に民主主義国家のアメリカ人がもたらしてくれた素晴らしい憲法だと信じて疑いもしなかったし、昔の日本人がアジアの人達にひどい事をした、という事を日本人として恥ずかしく申し訳なく思っていました。

以上、長い思い出話でした。
いつ頃からか私は「自衛隊は軍隊だから違憲じゃないのかなぁ?」という考え方から「自衛隊は日本の防衛軍として正式にその重要性を認めた上で軍備と機動性を今以上に高めるべき、国民もそれに対して理解を示す事が大事だ」という考え方にシフトチェンジして、自国の平和を守るための軍隊を持つ事がひいては平和(非戦闘状態である事)の礎になる、という、いわゆる今日の「ウヨク」的な考え方の持ち主になったわけですが、だからと言って戦争なんか真っ平御免です。
「軍隊を認める人=戦争したい人」ではありませんし、「軍人=戦争好きな人」でもありません。
反核運動に戻り、SFのように人類すべてが先祖帰りでもしない限り、核兵器をこの世から廃絶する事は不可能ではないかと思われます。
進歩した科学は後戻りできません。
些かポエム的ではありますが、作られた兵器は使われる事を願っていない。
多くの兵器が「いざ」国を守る時のために、磨きをかけられながら使われぬままその寿命を全うする事を私は望んでいます。
自衛官も、戦闘や銃火器の訓練を積みながら、その技術で人を殺す事がないままで一生を終えたいと思っている人が多いのではないでしょうか。
武器を人殺しの道具に使うも使わないも人次第。
ついでに言えば軍隊の仕事は戦闘や他国への侵略だけではありません。
人を救う事、祖国を守る事もまた軍隊の重要な仕事です。
「いざ」という時に国民の盾になってくれる軍隊を、どうして貶める事が出来ますでしょうか。

反核運動の署名を集めていたおばさん(多分共産党の人だったと思う)は今でも集会に行ったりデモに参加したりして運動しているのでしょうか。
今なら劣化ウランがどーのこーのと言っているかもしれない。
あの時の子供はおばさんの思想に染まれませんでした。
もうちょっと口が上手ければ洗脳する事も出来たかもしれないのにね…。
あり得ない想定で理想郷を語る事はやめたほうがいい。
現実ははるかに残酷なのだから。

子供が親を殺し、親が子供を殺す、そんな社会で「武器を捨てて誠意をもって語り合えば、互いに理解し合えて憎しみ合う事もなくなり戦争もなくなります」と言われてもなぁ、説得力ないよ。
戦争って闘争本能に駆られてするものではなく、利権を巡る強行的な外交戦略だと私は思うし。
都市伝説のひとつとして「真夜中に厳重に護衛された大型トレーラーが何台も北へ向けて走って行く」というものがありますが、そっちの行方(真偽)のほうが気になるな~。
土地が有り余っている外国では使用済み核燃料を広大な土地の地中深く埋める、という話もテレビなどで見聞きした事がありますが、どちらにせよ深刻な環境汚染。
反核ハンカクと言っても今ある核兵器をどこかに捨てる事に変わりはないし。
遅かれ早かれそのうち人類には天罰が下るさ~。
人類が滅びても、地球が消滅しない限り別の種が繁栄するだけの話なので別に淋しくはないが。
生あるもの(当然人間も含めて)は皆死んだら分解されて土や水に溶けて、地球の大気や環境を構成する一物質になる。
だからその地球が消滅してしまったらちょっと淋しい。
そうしたら私達はみんな銀河のお星様になるのかしらね。
ちょっと環境倫理学的なお話で締めます。
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by yuzuruha_neko | 2005-01-29 18:55 | 今日のニュース・雑考
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