防災大国日本.1-試練の道から生まれた防災意識
※非常に長いエントリーです。心してください。

シーズン走りのリゾート地帯を襲った大地震と大津波。
その恐ろしさ・被害の大きさは筆舌に尽くし難いものだろう。
だから私はそのニュースについて詳しくは触れない。
こんなところであーだこーだと言ったところで何も事態が好転するわけではないし。
日本のODAによって作られた堤防が被害を抑えた。
たまたま近くの海域にいた海自艦隊が救助にあたった。
これらのニュースも気休めでしかない。
起きてしまった災害は、それこそ現地の住民にとっては取り返しがつかない事だから。
無論「自衛隊ではなく海上保安庁から救助隊を差し向けるべきだった」などという頓珍漢な意見は愚の骨頂である。
人命救助に自衛隊も海上保安庁もないだろう。
近くにいたから助けに行った。
それが自衛隊だったからイクナイ!自衛隊は軍隊だから活動しちゃイカンのだ!って、被災した現地の方々の命を己のイデオロギーよりも軽視しているのか?
軍隊の仕事は戦闘行為だけではない。
こんな馬鹿が日本に生息しているという事に深い溜息をついてしまう。

今回の津波の被害がここまで拡大した大きな要因は、防災管理体制が整っていない地域で津波災害の警告や避難指示がほとんど発令されなかったという事だろう。
遅かった、という言い方もできるが、間近に迫り来る波を見た人々が口々に「逃げろ!」と言いながら逃げていたというのだから、発令自体なかったと言ってもいい状況である。
人々は突然の津波になす術もなく飲み込まれたのだ。
そもそも防波堤など海から押し寄せる波に対する防御対策がほとんど施されていなかったという点に関しては、内乱や貧困などでそんなところにまで手が回らない国が多かったとか、リゾート地では海に面してビーチにホテルやコテージが建てられており、まったくの無防備状態だったというお国事情も絡んでいるので一概に是非を語れないのだけれど。
日本の風情のない海岸風景を「無粋だ」と嫌う人は、アジアンリゾートの美しい海に心奪われるのかもしれない。

地震はマグニチュード9という地震大国の日本人でも想像を絶するほどの破壊力だった。
そして震源は海底だった。
「チリ津波」という言葉がまず初めに頭に浮かび、なぜ海底で地震が起きれば津波がやってくるという事・その被害の甚大さを察知して、被害を受けそうな地域に避難指示を出す事が出来なかったのか…とまさに歯痒く地団太を踏むような気分だった。

チリ津波も突然の大津波だった。
地球の反対側にあったチリで起きた大地震によって、時差をもって、しかし波は日本の太平洋沿岸にまでたどり着き、大きな被害をもたらしたのだ。
この被災によって、日本の地震防災対策は環太平洋諸国との連携を強化して、どこかで地震が起きれば素早く連絡を取り合い津波の可能性を予測し、テレビやラジオを通して人々に注意や避難を呼びかける…という国際レベルでの震災対策ネットワークを作り上げて、新たな災害対策を打ち立てた。
海域も含め、日本国内のどこかが揺れたらテレビは即座に全国の視聴者に揺れた地域や震源を伝え、「この地震による津波の心配はありません」、もしくは「沿岸部では津波に十分注意してください」と、地震と津波の情報を必ずセットで伝える。
これは「そうしなければいけない」という決まり事であってテレビ局の裁量によるものではない。
しかしそうでなくても揺れを察知したアナウンサーやニュースキャスター達は、しばらくキョトキョトした顔で読んでいる最中のニュースを早口で切り上げた後、「えー…只今スタジオが揺れを感じております…揺れを感じております。地震情報が入り次第番組中で詳しい情報をお伝えします」と言っている。
それは「ルールだから」というより「とにかく地震の情報は直ちに視聴者に伝えなければいけない」という事が本能として身についている感じだ。
「地震のニュースは一刻も早く皆に伝えなければならない」という事はすでに日本人の本能であるように思える。
野生のウサギが天敵の鷹などを発見した時に脚で地面を叩いて仲間に知らせるようなものか。
そして地震と津波がセットである事は、意識していなくても日本国民は知っている。
これは「転んでもタダでは起きない」と言うより、転んだら「転んだ事から学んだ事を決して無駄にせず次は絶対に転ぶまい」という執念のなせる業ではないだろうか。

4つの海底プレートの上に位置しており四方を海で囲まれた国・日本はその立地条件の悪さから幾度となく大きな自然災害に見舞われている。
産業の発展・人口増加などに伴い人々が狭い地域に密集して住むようになると、その被害も甚大になった。
文明が進歩すればするほど自然災害が起きた時の被害が大きくなるということも理に叶っているが、これに抵抗するために、特に近代の日本人は自然災害によって辛酸を舐めさせられる度にその被害・犠牲を教訓としてたゆまぬ努力で防災対策を進化させてきた。
まさに圧倒的な力に対する抵抗運動(レジスタンス)だ。
建物の耐震基準はどんどん上げられて行く。
小さなニュースだが、韓国テグ市で起きた地下鉄火災事件を受けて、日本の地下鉄でも車両の塗装料などに新たな基準が設けられた。
東京では相当ボロい車両の路線もいまだ健在だが、ピカピカの最新鋭の地下鉄車両・駅などを見慣れた身にとっては「あっちの国のオンボロ列車とはそもそも作りからして違うのにまだ(防災対策を)強化するの!?」と半ば呆れて驚いてしまうのだが、イザという時の事を考えれば防災対策・防災基準は強化してもし足りないくらいキツ~く要求レベルを上げるべきだ。

公衆トイレの個室の壁に「タバコを吸わないでください」という貼り紙があると「高校生じゃあるまいし、こんなところで吸うわけないじゃん」と半笑いしてしまうのだが、オフィスビルやデパート・レストラン・ホテルなどの、美しく豪奢でしかもハイテクなトイレには「天井に備え付けられたセンサーが煙を感知します」と素っ気なく無機質だが有無を言わせぬプレートが上手く目に飛び込む位置に貼り付けてあって、頭の上を見上げると本当に個室の頭上にセンサーが取り付けてある。
ウッカリ吸ってしまおうものなら(私は吸わないがね)大騒ぎになって赤恥をかいてしまう事になるだろう。
もしどこかの建物で火事が起きて、「実はコスト削減のためにそのセンサーのスイッチを切っていました」などという事が明るみになれば、管理責任者には世間から轟々たる非難が寄せられる事と思う。

歌舞伎町の雑居ビル火災のように、実際には決まり事を守らない奴というのはどこにでもいる。
しかしそういった数々の防災安全装置や厳しい防災基準を見るにつけ、日本という国は本当に防災大国なんだな、と思わざるを得ない。
内陸部を震源とする地震なんて沿岸部に津波が起きるはずがないのにそれでも地震速報では律儀に「津波の心配はありません」とテロップで流す。
日本人DNAには核アレルギーが組み込まれていると思うが、(特に地震における)防災意識というものもかなり深い部分で組み込まれているはずだ。
「地面が揺れるのは当たり前」というお国柄ならではの国民性だろう。

今回津波で大きな被害を受けた地域の人達のDNAにはそれが組み込まれていなかったのか、それとも日本人観光客も日本ではなかったから地震による大災害の危険性を本能で察知する事ができなかったのか…。
これが今後の地震災害の被害を食い止めるための教訓になって欲しいと願っている。
だが教訓の代償となる犠牲が大きすぎた。
今は災害救助が急がれる時期だ。
救助、そして復興には何よりもカネが要る。
私も微力ながら復興の役に立ちたい。
そして餅は餅屋に任せるのが一番。
自衛隊が災害救助や復興支援にあたるのは当たり前。
これに反対する人は、あなたが嫌う「軍隊」よりもあなたは「人でなし」って事ですよ。
阪神・淡路大震災の時、村山富市首相が自衛隊の出動を遅らせた事でどれほどの人が助かる命を落としたのでしょう。
イデオロギーのために人を殺すな。


ここまで書いてあまりの長さに呆れたましたが、これは前振りであって本筋は次回になります。
本筋はものすごく素っ気なく短い予定です。思想的要素もほとんどありません。
しかしこの前振りは絶対に書きたかったし本筋に入れたらゴチャゴチャしそうだし…。
地震で締め括る2004年でしょうか。
「災」の年でしたからね…。

次回2-安全管理体制と自己責任の免責で終結。
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by yuzuruha_neko | 2004-12-31 05:39 | 今日のニュース・雑考
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