努力と自信/男女七人七輪自殺
つい先日の話になるが、テレビでイチローのインタビューを見た人が、半ば憎々しげに「あいつは本当に自信家だな」と言っていた。
私はイチローの人と柄はもとより戦績の素晴らしさもよくわからないのだが(心底野球に疎い)、「イチローは天才型ではなく、ひたすら努力を積み重ねて偉大な大リーガーになった人」という聞きかじりの知識から、「努力した人は自信家になりますよ」と答えた。

努力家と自信家は、イコールで結べる確率が高いのではないだろうか。
もちろん例として先に出したイチローの場合は立派な記録を打ち立てたからこそ自信に満ちた発言にだって説得力があるし、輝かしい実績の前では彼の人と柄や発言内容を小憎らしく思う人だって「偉い奴だ」と納得せざるを得まい。
しかしそんな輝かしい栄光とは無縁の「普通」の日常生活を送る「ごく一般の人々」の中でも、たゆまぬ努力を行使してきた人は自信家であるような気がする。
自信がない人は努力をしていない、という意味ではない。
努力した自分を認める事が出来れば、自ずと自信は身につくだろうという意味。
「いくら努力しても自信が持てない…」という人は、「自分が努力してきたプロセスは無駄だったのではないだろうか?間違っていたのではないだろうか?」と自分の努力を信じきれない人なのではないかと思うのだが…違っていたらごめんなさい。
結果は大事。結果がダメだったら「ダメでした」という結果は残り、消え去る事はない。
でも結果とプロセスはまた別物で、プロセスに「間違いはなかった、やれる事はすべてやった!」と思い切る自信が持てれば、たとえ結果がダメだったとしても、自分の努力をすべて否定するような結論には至らないんじゃないだろうか。
別にのべつ幕なしに自信家になれと訴えているわけではないので、自信が持てない人や自信喪失している人を叱咤激励しているわけではありません。
ただ、努力をしない人は自信も持てないだろうと言いたかっただけ。
努力をすれば自信を持てるわけでもないんだが、努力なくして自信はない。多分。
見栄や自己顕示欲と自信は違うからね。
口ではいつも「そんな大役自信ありませんが…頑張ってみます」と殊勝な事を言っている割には実のところ相当に自信家の私。
過信ではない事を祈りたいですが、日本人って過信を忌み嫌うよねー。
「あいつ仕事もできないくせに口ばかり一丁前で何様のつもりだよ」とか「あの子、激ブスのくせにチョー勘違い激しいんですけどぉ~(笑」なんて外国人(日本人以外の人)も言うのでしょうか。
純粋な疑問です。

男女七人七輪自殺。
参考Exciteニュース
「まさか定員数を決めていたのかな?」とはニュースを見た軽口ですが、わざわざ自殺サイト(一体どういう活動をしているのでしょう)で仲間を募って、どういう経路かは知らないが今時に練炭を仕入れたりする面倒臭い方法で集団自決(しかもレンタカーかよ!)。
ひとりでやれば?首吊れば簡単に死ねるって話ですし。
仲間と仲良く手を繋がなくちゃ出来ないなんて半端な気持ちでそんな事をして、ご家族や関係者にどんな思いを抱かせたのか。
そんな手間暇かけるくらいなら生きてしまったほうが早い。
どうせ人生一寸先は何も見えない闇です。
生きたほうが、時間は短いかもしれませんよ。

お母さんは幸せ…でも残された子供はどうなるの…?
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by yuzuruha_neko | 2004-10-12 23:00 | 今日のニュース・雑考
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