夜の帳の中の晴れた空/コメントから…
多忙を極める日常に疲れた時、頑張れど、頑張れど実力が追いつかず、報われないなぁと落ち込みの穴にちょっぴり入り込んでしまった時、人に言われた嬉しい言葉を反復する。
仕事には何の関係もないほんの些細なシーンでも、心慰められた言葉を思い出してみる。
傍目に見れば暗いかもしれませんが、自棄になって泣き喚くよりはいいかなぁと思います。
いやぁ疲れているのね、私…(苦笑)
そんな時、歌というものがある事も久しぶりに思い出しました。
今まで忘れていたという事はやはり相当余裕がなかったんだな…(-_-;
格別歌が上手というわけではないし(むしろ下手の部類)、歌舞音曲に並ならぬ思い入れがあるわけでもないけれど、こんな時に口ずさむ歌がある事は幸せな事だなぁとしみじみ…。
(すでにポリアンナの「いいこと探し」の領域だな)(それ見たことないけれど)
普段から好きで好きでたまらない、ということではなく、そんな時に気に入って繰り返すフレーズってありますね。
なぜか今日最初に口ずさんだメロディはCoccoの「強く儚い者たち」でした。
自分でも何故!?の選曲。「飛び魚のアーチをくぐって…」というところがね、自然と…。
別にCocco信者ではないのに。
どちらかと言えば(と言うかもろに?)自傷癖者のイメージが強いCoccoですが、「Raining」の歌詞やメロディなんかすごーく好きなんです。
(もろ自傷の歌じゃん!)
今の仕事場は都心の中小ビル街の中にあって、私は自分の会社が入っているビルの裏手の外付け非常階段で一息入れるために煙草を吸います。
隣のビルの壁がすぐ横にあり、はるか下の細い道路を隔てた向かい側、目の前にはまた2つほどのビルのオフィスの窓が何段か見えて(狭いのでそれしか視界がない)(正確には自分がいるビルの裏手なので向かいとは言わないかも)、中で働く人々が見える。
昼休み時にはコンビニの袋を持って自分のデスクに戻るおじさんなども見えて、ネクタイをした立派なお仕事なのにお昼ご飯はデスクでコンビニ飯なのかぁ…と悲哀を漂わせるはずの風景を妙に微笑ましく思ったりもする。
背だけ高い小さな建物が立ち並ぶビル街の中空でぼんやり煙を吐き出していると、空も何も見えないけれど、晴れた空の下、それぞれの仕事場で働く人々が見えて、せわしい仕事の合間にどこかゆったりした気分に浸れるのです。
そしてまた仕事に戻ったり、食事部屋に戻って非喫煙者の皆さんと昼休みのお喋りをしたりするわけ。
台風で大雨だった日もそこで煙草を吸って目の前で働く知らない人々を見ていました。
都会を嫌う人にとっては押し迫るように乱立するビルは人間性の欠如の象徴として嫌われるのだろうけれど、私にとっては心地いい場所。
多くの人が働いているから。
「Raining」を歌いながら、そんな風景を思い出していました。
そして中島みゆきの「時代」、斉藤由貴(原由子)の「少女時代」、「Komm,susser Tod(甘き死よ、来たれ)」(歌い人はARIANNE。巨大綾波レイの歌と言ったほうが早いかも)などなど次々と口ずさむうちに、私の忙しくささくれ立った心は鎮まって行きました。
選曲は「自分が暗くならない歌」だったんだけれど、図らずも壊れた心を回顧したり俯瞰したり悲しみを前向きにとらえたり…という歌になりました。
明るく希望に満ちた歌ではダメなのかしら?(^_^;
たまには疲れた自分を労わって、そんな自分に多少酔わないといけませんという事かな?
今(※夜中ですよ)は「THANATOS –IF I CAN’T BE YOURS-」「Komm,susser Tod」「Ⅱ Air」の3曲が収録された劇場版エヴァンゲリオンのCDを引っ張り出して聞いています。
いやいや本当に昔を回顧しています。
いろいろな時代を経て、人の強さ・儚さを知り、雨の中で晴れた空を歌うようになった私。
今日は少し暗くじめじめと思いのたけを語ってみました。
私の気分は疲れていながらも晴れているのですが。
ま、こんな日もあっていいですよね。

初めて訪れた知らない人のブログにコメントを残したら、そこから発展した記事がUPされていました。
まったく初見の通りすがりに近いコメントだったのに(もちろん捨てハンではなくログインですが)、そういうリアクションもあるんだな、と少し嬉しくなりました。
私自身は今後もコメント・トラックバック機能をONにする気はまったくありませんが、感想などは掲示板にお気軽にどうぞ。
※余裕を持ってレスしたいので、レスに時差は出ます。
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by yuzuruha_neko | 2004-10-01 23:56 | 読書・漫画・TV
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