愛国心…の是非について論じている内容ではありません
「愛国心は他国を憎悪する戦争用の心」

ネットでまたもや目玉ポーン!のお言葉を拾いました。
楽天を見聞しているうちに、落とした目玉がそのまま行方不明になってしまうかもしれない。
愛国心の是非が論じられ始めた頃、そしてそれ以降、なぜ帰属する国や郷土を持つ民として当たり前に持っていて然るべきはずの(と私は思っている)「国を愛する心」の是非や善悪を問わなければいけないのか、私はとても不思議に思っていましたが、愛国心という言葉をそういうふうに解釈する人が存外多いのだとしたら、愛国心の是非や善悪を喧々諤々論じる土壌がきちんとあるのだという事も、なるほど容易に納得できます。
アカい思想にかぶれた人は、そもそも祖国を持っていないという説もありますが。

言葉は時に無意味なレッテルにしかならない時もあります。
私はこの日記上で左翼思想に傾倒した人々を嫌悪し非難するような発言を繰り返し述べてきましたが(お陰でエキブロ検索で堂々2位にヒットしてしまう)、単にある事象に対する解釈や意見を述べた時に、私と意見が違う、私が嫌うタイプの発言をする、ある一定の共通傾向が見られる人達を「適切なサンプル」として取り上げ、「左翼」というレッテルを貼っているに過ぎないのかもしれないと時に思います(一応自省はするんです)。
共産党・社民党・朝日新聞が嫌いなので、左翼嫌いは妥当な自己解釈だと思うのですが。
(日教組に至っては特筆する必要もないでしょう)
(創価学会は右も左もなく大抵の人がそうであるように私も嫌いだ)
私が「左翼」という言葉に対して否定的な意味合いを見出していなければ、左翼思想を嫌悪する発言を述べて、左翼思想家達に異議を唱えるような事もなかったかもしれません。
そして同様に、「左翼思想」に傾倒した人々が、自分達と意見を異にする人達に「右翼」というレッテルを貼らなければ、右だ左だの論争はそもそも成り立たないでしょう。
互いに実のない空虚な言葉(レッテル)に囚われていがみ合うような事態を避けるためにも、政治的な意味合いを強く持つ言葉をやたらと濫発しないように、私も気をつけたほうがいいですね。
と言うか自分がバカに見えるし。
まあひとつの「愛国心」の解釈に、議論が生まれる土壌を見たという感じです。

愛国心という言葉の解釈については、私はこちらを支持。

「愛国心は、家族を愛し、郷土を愛し、その延長上にある国を愛する心」

愛国心はあって当然と私が思う理由は上の言葉に集約されています。

しかし「戦争用の心」って何でしょうね?それって排他主義や自国至上主義と違うの?
(韓国はウリナラ至上主義だよなぁ)(中華思想ってのもある)
「右翼」に噛み付く「左翼」の人の発言は、摩訶不思議に満ち溢れています。
「小泉の犬」とか「アメリカのポチ」とか発想力がすごいよね!今時「ファッショ」とか「セクト」とか。
こうしてまたひとつバカの壁を積む私。
そのうち万里の長城ができるやもしれません。
(そんなの嫌だな~)

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ありがたい事です。
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主と来訪者、両者のためにも検索対策、どうにかならないものでしょうか。

◇追記◇
さらにグレードアップしていた。
「愛国心は他国を憎悪し殺意を抱く戦争用の心です」
すげぇな…。
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by yuzuruha_neko | 2004-09-28 20:01 | 放浪インターネット
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