目的意識のない若者
昨日の日記で「プー同然」と書きましたが何か語弊がある物言いですね。
働いております。ただ一般職のOLさんや定時で働く会社員ではないだけで。
(私がOLと聞いて思い浮かべるのは第一に「肌色ストッキング」というアイテムなのですが)
「働く人」「労働者」の意味を広義で捉えればその範疇に入るのでしょうけれど、一般的には「目的意識もなく定職に就かない若者」と見なされる範疇だろうと思いますので。
しかし今日本に「確固たる目的意識のある若者」って一体どれほどいるのだろう?
そこで言われる「目的」とは一体どういった類のものであろうか?
「エリートと結婚したいから一流企業のOL(一般職)になる」だって立派な目的だと思うのだが。
社会を変えたいとかベンチャー起業家になりたいとか世界を自在に行き来するコスモポリタン(これかなり笑えるんだが)になりたいとか超一流のスポーツ選手やアーチストや料理研究家になりたいとかいう目的は建設的だからOKで、「とりあえず食うに困らない暮らしをして行ければいい」という目的は未来像があやふやだからNG?
マスメディアや中産階級意識の強い保守層の人々が「目的意識のない若者」という言葉を好んで使うように思われるのですが、そういった現状を憂えるのであれば、一体どういう目的を若者に持って欲しいのか、指針(と言うか彼らの要望)を示して欲しいものです。
「最近の若僧は」と言うだけなら年を食えば誰にでもできる。
彼らの言う「目的意識のある若者」の見本がイラクに行った今井くんみたいな人物を指すのだとしたら、そんな目的意識は持たないほうが世のため人のためだと私は思います。
最低限「人に迷惑をかけない」「自分のことは自分で責任を取る」ということが私の目的であるかもしれない。
「なりたい自分像」という言葉もありますが、大概の人は己が望んだ通りの人間になると私は思いますし、現状からかけ離れた場所に自分像はない。
「今の私は本当の私じゃない、生まれかわらなくちゃ」などと思う人にはある意味同情します。

今パラリンピックが開催されていますが、水泳競技に出場した日本人選手が「自分の存在をたくさんの人に見せ付けたい」というようなことを言っていたんですね。
それは身体障害者によく持たれる偏見のようなネガティブな意味にはとても受け取りようのない、プリミティブな自己主張、自己の存在を疑わない姿でした。
とりあえず、今の私にできることは自分を否定しない事。
自分を否定したら、こんな生活とてもやって行けないよなぁと思います。
やってみなくちゃ何事もわからないしね。
定職には就いたほうがいいような気がしますが、今時分定職って保障があるのだろうか。
生命保険は先日やっと共済に加入しました。
病気や万が一の事故や怪我の時のために、これくらいはしておかないと…。

なんで急にこんなことを思いついて書き出したのかというと、随分以前にどこかのHPの日記で「フリーターなんて奴らは昔で言う『えた・非人』と同等だ」と偉そうにお説教している人がいたことを思い出したからです。
「NEETなんて言葉で誤魔化すな、お前ら無職だろう」といった主張だったのですが…。
そこには同意しなくもない。字面の良い言葉で取り繕えばいいという風潮には私も同意しない。
しかしどんな立派な企業にお勤めするサラリーマンなのか知りませんが、その言葉を持ち出した時点でその人の人間性の底が見えてしまったと言うか…。
リベラリストを気取る中産階級意識の強い保守層の人間が一番差別意識が強いと思う。
そんな人達が若者に望む質実剛健な「目的意識」とやらを是非知りたい。怖いもの見たさで。
そんなものないのかもしれないけれどね。

万物(当然人も含む)はなるようにしかならないし、なるようになるんだよ。


◇追記◇

保守(右)に対して革新(左)…というのが本来の意味みたいですね。
しかし今の日本で左翼思想を革新的だと思っている人はどれほどいるのでしょうか。
「保守=反日・嫌米でしか物を言えない売国主義の左翼思想達」と私は認識しています。
リベラルも手垢がついた言葉。まさに彼らに相応しい。
権力=巨悪という時代錯誤の認識も彼らの特徴。
一体いつの時代に生きているんだか…。
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by yuzuruha_neko | 2004-09-26 23:58 | 今日のニュース・雑考
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